「小学生のうちは、もっと勉強させたほうがいいのでは?」
子どもが友達と遊んだり、ゲームをしたり、漫画を読んだりしている姿を見ると、親としてそんな不安を感じることがあります。
その時間にドリルをやれば、計算が速くなるかもしれない。
英語を勉強すれば、将来役に立つかもしれない。
学校より先の勉強をしておけば、中学や高校で楽になるかもしれない。
そう考えると、遊んでいる時間がもったいなく見えることもあるでしょう。
でも私は、小学生の息子たちを見ていて、
「小学生は、もっと遊んでいい」
と思っています。
私自身、地方の公立小学校で育ち、塾にも通わず、先取り学習もしていませんでした。
放課後は友達と遊び、ソフトボールをし、家では漫画を読んだり、『北斗の拳』の絵を何度も模写したり、自分で漫画を描いたりしていました。
当時はもちろん、
「将来のためになるからやろう」
などとは考えていません。
ただ、面白かったから夢中になっていただけです。
その後、公立中学校、公立高校へ進み、一浪して東京大学に入りました。
だからといって、「たくさん遊べば東大に入れる」と言いたいわけではありません。
私が今になって思うのは、
子どもが何かに夢中になって過ごす時間には、勉強とは違う価値がある
ということです。
この記事では、自分自身の子ども時代と、二人の小学生を育てている現在の経験から、なぜ私は「小学生は遊んだほうがいい」と考えているのかを書いてみたいと思います。
私の小学生時代は、勉強より遊んでいた記憶のほうが多い
私が小学生だった頃を思い出してみると、机に向かって勉強していた記憶よりも、遊んでいた記憶のほうが圧倒的に多く残っています。
学校が終われば、友達と外で遊ぶ。
ソフトボールをする。
家に帰れば漫画を読む。
小学4年生頃には『北斗の拳』が好きで、何度も絵を模写していました。
そのうち、見るだけでは飽き足らなくなって、自分で漫画まで描くようになりました。
家には学研の教材も届いていました。
ところが、私が楽しみにしていたのは勉強ではありません。
付録の工作です。
教材の勉強部分はほとんどやらず、付録が届けば夢中になって作っていました。
今考えれば、親としては、
「せっかく教材を買っているのだから、勉強もしなさい」
と言いたくなる状況だったと思います。
でも、両親から勉強を細かく管理された記憶はありません。
塾にも通っていませんでした。
先取り学習もしていません。
それでも私は、自分が興味を持ったことには、かなりの時間を使っていました。
漫画の絵をうまく描きたければ、何度も描き直す。
工作を作りたければ、説明を見ながら自分で組み立てる。
ソフトボールなら、友達と何度も遊ぶ。
当時の私は、それを「学び」だとは思っていませんでした。
ただ遊んでいただけです。
でも今振り返ると、
自分でやりたいことを見つけて、うまくいかなければ試し直し、できるまで続ける。
そんな経験を、遊びの中でたくさんしていたように思います。
だから私は、子どもが夢中になって遊んでいる時間を見ても、
「勉強していない時間」だけでは捉えないようにしています。
遊びの中にも、子どもが自分で考え、試し、工夫する場面はたくさんあるからです。
息子たちを見ていても、遊びの中で勝手に工夫している
今、二人の息子を見ていても、子どもは遊びの中で勝手にいろいろなことを考えていると感じます。
小さい頃から、家族で100か所以上の公園に行きました。
でも、そこで私が、
「今日はこの運動をしよう」
「これをやれば運動神経が良くなるよ」
と教えていたわけではありません。
遊具で遊ぶ。
走り回る。
登る。
跳ぶ。
友達がいれば、一緒に遊び始める。
子どもたちは、その場所にあるものを使って、自分たちで遊び方を見つけていました。
今では放課後にも、友達と鬼ごっこ、ドッジボール、ハンドベース、キックベース、バスケットボールなど、いろいろな遊びをしています。
そこには大人の指導者はいません。
「今日はこれを練習しなさい」と言う人もいません。
それでも子どもたちは、
どうすれば相手から逃げられるか。
どうすればボールを取れるか。
どうすれば勝てるか。
その場その場で考えながら遊んでいます。
もちろん、本人たちは「考える力を鍛えよう」と思っているわけではありません。
勝ちたい。できるようになりたい。面白いからもう一回やりたい。
それだけでしょう。
でも、だからこそ自分から工夫します。
うまくいかなければ、やり方を変える。
友達のやり方を見て真似する。
失敗したら、もう一度やる。
私は、こういう経験も立派な学びだと思っています。
二人とも新体力テストではA評価を取るようになりましたが、私はそのための特別なトレーニングをさせたわけではありません。
息子たちがどんな遊びや運動をしてきたのかは、こちらの記事で詳しく書いています。
→ 子どもの運動神経を良くするには?息子2人が新体力テストA評価になるまでにやったこと
だから「遊べば必ず運動能力が高くなる」とは言えません。
ただ、自由に体を動かし、自分で遊び方を考える時間をたくさん持ってきたことは、少なくとも息子たちの経験の一部になっています。
勉強だけではなく、遊びでも、
自分で考える → やってみる → 失敗する → 工夫する → またやってみる。
この繰り返しがある。
私は、そこに遊びの大きな価値があると思っています。
遊びの価値を「将来の役に立つか」だけで考えたくない
ここまで書くと、
「遊びによって考える力が身につく」
「外遊びをすると運動能力が伸びる」
という話に見えるかもしれません。
もちろん、そうした効果もあると思います。
でも私は、子どもの遊びをすべて、
「将来、何の役に立つのか」
という基準で考えたくありません。
公園で何時間も遊ぶ。
ゲームに夢中になる。
漫画を読む。
友達とくだらないことで笑う。
本人にとっては、それだけで楽しい時間です。
私が小学生の頃、『北斗の拳』の絵を何度も模写していたのも、
「集中力を鍛えよう」
「将来、何かの役に立つかもしれない」
と思っていたからではありません。
ただ、描きたかったから描いていました。
それでいいのだと思います。
大人はつい、
「この習い事は将来役に立つ」
「この遊びは頭を使うからいい」
「この経験は非認知能力を伸ばす」
と、子どもの時間にも意味や成果を求めてしまいます。
でも、何の役に立つか分からないことに夢中になれるのも、子ども時代の特権ではないでしょうか。
もちろん、その経験が後になって何かにつながることもあるでしょう。
一方で、何にもつながらないかもしれません。
それでも、私は構わないと思っています。
面白いからやる。
好きだから続ける。
飽きたら別のことをする。
そうやって自分の興味を確かめていく時間そのものに、価値があると思うからです。
だから私は息子たちが遊んでいるとき、
「その時間を勉強に使ったほうが将来のためになる」
とは、なるべく考えないようにしています。
子どもの時間を、将来のための準備だけで埋め尽くさない。
今、楽しいと思える時間も大切にする。
それも、小学生の子どもを育てる親にできることの一つではないかと思っています。
では、遊んでばかりでもいいのか
「小学生は遊んだほうがいい」と言うと、
「では、勉強はしなくてもいいのか」
と思われるかもしれません。
もちろん、私はそう考えているわけではありません。
我が家でも、学校の宿題はやります。
そして、学校で習っていることを理解できているか、特に算数の基本的な計算などでつまずいていないかは見ています。
分からないところがあれば、そこは補えばいい。
本人がもっと勉強したいと言えば、問題集や通信教育などを利用するのもいい。
必要になれば、塾という選択肢もあります。
大切なのは、
「勉強か、遊びか」の二者択一にしないこと
だと思っています。
学校の勉強で必要な基礎は身につける。
そのうえで、残った時間まで親が「将来のための勉強」で埋めなくてもいい。
小学生のうちから学校より先の勉強をする必要があるのかについては、こちらの記事で詳しく書いています。
→ 小学生の先取り学習は必要?東大卒の父が「急がなくていい」と考える理由
私はそう考えています。
小学生の息子たちを見ていると、遊びたいことが次々に出てきます。
友達と遊びたい。
スポーツをしたい。
ゲームをしたい。
漫画を読みたい。
それは、大人から見れば「勉強より楽なことを選んでいる」ように見えるかもしれません。
でも私は、小学生が遊びたがること自体は、ごく自然なことだと思っています。
だから、遊んでいる姿を見るたびに、
「そんなことをしている暇があったら勉強しなさい」
とは言いたくありません。
一方で、学校の勉強で困っているのに、そのままにしておくつもりもありません。
必要な勉強はする。でも、必要以上に子どもの時間を勉強で埋めない。
今の我が家は、そのくらいのバランスです。
そして子ども自身がいつか、
「もっと知りたい」
「できるようになりたい」
「勉強しなければ」
と思ったときには、その気持ちを応援すればいい。
私は、親が先回りしてすべての時間を有効活用させるよりも、子ども自身が自分の時間の使い方を少しずつ覚えていくことも大切だと思っています。
小学生の「遊べる時間」は、いつまでも続くわけではない
子どもが成長すれば、生活は少しずつ変わっていきます。
中学生、高校生になれば、勉強する内容も難しくなります。
部活動もあるでしょう。
受験を意識するようになれば、自分から勉強に使う時間も増えていくかもしれません。
大人になれば、仕事や家庭など、やらなければならないことも増えていきます。
そう考えると、
何時間も友達と遊んだり、好きなことだけに夢中になったりできる小学生の時間は、意外と短い
のだと思います。
私自身、小学生の頃に友達と何を話していたのか、どんなルールで遊んでいたのか、細かいことはもう覚えていません。
でも、放課後に友達と遊んだこと。
ソフトボールをしたこと。
漫画を何度も模写したこと。
自分で漫画を描いたこと。
そういう記憶は、今でも残っています。
当時、それらが将来何の役に立つのかなど、考えたこともありませんでした。
そして今、自分の息子たちを見ていると、同じように思います。
公園で遊ぶ。
友達と走り回る。
スポーツをする。
ゲームで盛り上がる。
漫画を読む。
その一つ一つを、将来のための教育に変換する必要はないと思っています。
子ども時代は、将来の受験や仕事のためだけにあるわけではありません。
小学生として今を楽しむ時間そのものにも価値がある。
だから私は、勉強で困っていないのであれば、
「もっと勉強させなければ」
と焦るより、
今しかできないことを、思い切りやればいい
と思っています。
そして、その中から何かに夢中になったり、自分で工夫したり、もっと知りたいと思ったりする。
結果として何かにつながれば、それもいい。
何にもつながらなくても、それでいい。
私は、子どもたちの小学生時代を、将来のための準備だけで終わらせたくないと思っています。
まとめ|小学生には、勉強だけではない「夢中になれる時間」を残したい
小学生の子どもが遊んでいる姿を見ると、
「もう少し勉強したほうがいいのでは」
「この時間に何か将来につながることをさせたほうがいいのでは」
と、親は考えてしまいます。
私も二人の小学生を育てているので、その気持ちは分かります。
でも、自分自身の小学生時代を振り返ると、強く記憶に残っているのは、勉強していた時間よりも、友達と遊び、ソフトボールをし、漫画を読み、絵を描いていた時間です。
そして今、息子たちを見ていても、遊びの中で自分たちで考え、工夫し、失敗し、また挑戦しています。
もちろん、だからといって勉強をしなくていいとは思いません。
学校で習っていることは理解する。
基礎でつまずいていれば補う。
もっと学びたいと思えば、そのための環境を用意する。
それでいいのではないでしょうか。
私は、小学生の時間を「将来のために何を身につけるか」だけで考えたくありません。
何の役に立つか分からなくても、面白いからやる。
好きだから夢中になる。
友達とくだらないことで笑う。
そんな時間をたくさん持てるのも、子ども時代です。
やがて、勉強しなければならない時期は来ます。
自分の進路について考える時期も来るでしょう。
だからこそ小学生の今は、
必要な勉強はする。でも、それ以外の時間まで勉強で埋め尽くさない。
私はそれくらいでいいと思っています。
子どもには、自分で面白いものを見つけ、自分から夢中になれる力があります。
親にできるのは、その時間を奪わず、必要なときには支えること。
「将来のため」だけではなく、「今、この瞬間を楽しむこと」も大切にする。
私は、息子たちの小学生時代をそんなふうに見守っていきたいと思っています。


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