小学生のうちに「得意」を伸ばすべき?東大卒の父が考える「得意」と「好き」の違い

小学生の学び

子どもが何かでいい結果を出すと、親としては、

「この子は、これが得意なのかもしれない」

と思います。

そして、

「せっかく得意なのだから、もっと伸ばしてあげたほうがいいのではないか」

と考えることもあるでしょう。

でも私は、得意なことを必ず伸ばさなければならないとは思っていません。

私自身、小学生のころ、得意だったスポーツがありました。

ハードルです。

小学6年生のときには学校の代表になり、地区大会で4位になりました。

特別に練習していたわけではありません。

それでもフォームがきれいだったようで、体育の授業で先生から手本にされることもありました。

そのため、中学校に入ったら陸上部に入ろうと思っていました。

ところが、実際に陸上部を見学してみると、私には練習が少し単調に見えました。

そのとき、体育館から友達が走りに出てきました。

バスケットボール部でした。

「ちょっとバスケも体験してみよう」

そう思って体験し、そのまま私はバスケットボール部に入りました。

得意だったハードルではなく、バスケットボールを選んだのです。

振り返ってみると、「得意なこと」と「自分がやりたいこと」は、必ずしも同じではありません。

小学生の子どもに得意なことが見つかったとき、親はそれを伸ばすべきなのでしょうか。

今回は、自分自身と二人の息子の経験から、子どもの「得意」と「好き」について考えてみます。

「得意だから続ける」とは限らない

小学6年生の私にとって、ハードルは明らかに得意な種目でした。

学校代表になり、地区大会で4位。

特別な練習をしていたわけでもありません。

フォームもきれいだったようで、体育の授業では手本にされました。

今なら、

「せっかく得意なのだから、陸上を続けたほうがいい」

と考えることもできるでしょう。

私自身も、中学校では陸上部に入るつもりでした。

ところが、実際に陸上部の練習を見てみると、私には少し単調に見えました。

そのとき偶然、バスケットボール部の友達が体育館から走りに出てきました。

それを見て、

「バスケも体験してみよう」

と思いました。

そして、そのままバスケットボール部に入りました。

中学時代、私はバスケットボールに熱中しました。

もしあのとき、

「ハードルが得意なのだから陸上部に入りなさい」

と周りから言われていたら、私の中学生活はまったく違ったものになっていたかもしれません。

得意なことには、もちろん価値があります。

でも、得意だからといって、それを続けなければならないわけではありません。

「できること」と「やりたいこと」。

子ども自身がどちらを選ぶのか。

私は、「やりたい」を選んでもいいと思っています。

子どもの「得意」は、これから何度も変わる

息子たちを見ていても、「この子はこれが得意」と簡単には決められないと感じます。

スポーツでいい結果を出すこともあります。

勉強で、以前は苦手だったことが得意になることもあります。

次男は、九九を覚えるのが遅く、二桁の引き算もよく分からない時期がありました。

ところが今では、算数は学校で一番上のグループに入り、

「国語より算数のほうが得意」

と言っています。

反対に、今得意に見えることが、この先ずっと得意とは限りません。

子どもは成長します。

興味も変わります。

体も変わります。

出会う先生や友達、取り組む環境も変わっていきます。

だから、小学生の時点で、

「この子はスポーツの子」

「この子は算数が得意な子」

と、親が早く決めてしまう必要はないと思っています。

得意なことが見つかったら、もちろん喜べばいい。

本人がもっとやりたいと言えば、応援すればいい。

でも、「得意だから、この道を伸ばさなければ」と親が進む方向まで決める必要はない。

私がハードルではなくバスケットボールを選んだように、子ども自身が別のものを選ぶこともあります。

今の「得意」は、その子の可能性の一つ。

将来を決めるものではないと思っています。

「得意」と「好き」が同じとは限らない

「得意」と「好き」が同じとは限らない

何かが得意だと、それを好きになることがあります。

上手にできる。

周りから褒められる。

試合で勝つ。

テストでいい点を取る。

そうした経験が、「もっとやりたい」という気持ちにつながることもあるでしょう。

でも、得意だから好きになるとは限りません。

私にとって、ハードルは得意でした。

地区大会で4位になり、体育の授業でも手本にされました。

それでも、中学校で私が夢中になったのはバスケットボールでした。

反対に、最初はそれほど上手でなくても、本人が好きで続けているうちに上達することもあります。

息子たちの習い事を見ていても、私は「上手だから続ける」より、

「本人が楽しいから続ける」

ことを大切にしたいと思っています。

息子たちが実際に経験した剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノについては、「小学生の習い事は多いほどいい?東大卒の父が考える習い事との付き合い方」で詳しく書いています。

好きなら、もっとやってみたくなる。

失敗しても、またやってみる。

自分から工夫することもある。

その結果として、後から得意になることもあるでしょう。

親から見て「才能がありそうなもの」を選ぶことよりも、本人が、

「これ、楽しい」
「またやりたい」

と思えるものに出会うこと。

小学生のうちは、そちらを大切にしてもいいのではないかと思っています。

親が「この子はこれが得意」と進む道を決めない

子どもが何かでいい結果を出すと、親はうれしくなります。

そして、

「この才能を伸ばしてあげたい」

と思うのは自然なことだと思います。

でも、そこで親が、

「あなたはこれが得意なんだから、これを続けたほうがいい」

と、子どもの進む道まで決めるのは違うと思っています。

私が小学6年生のころ、周囲から見れば、ハードルは明らかに得意な種目でした。

学校代表になり、地区大会で4位。

フォームもきれいだと言われていました。

それでも、中学校で私が選んだのは陸上ではなく、バスケットボールでした。

得意だったのはハードル。
やりたいと思ったのはバスケットボール。

そして私は、自分でバスケットボールを選び、中学時代に夢中になりました。

子どもが何を得意としているのか。

親が気づくことはあるでしょう。

「これ、向いているんじゃない?」

と伝えることもあっていいと思います。

でも、その先を決めるのは親ではありません。

続けるのか。

やめるのか。

別のことをやってみるのか。

大切なのは、親が決めることではなく、子ども自身が決めること。

たとえ親から見れば「もったいない」と思う選択でも、本人が自分で選んだのであれば、私はその選択を尊重したいと思っています。

「自分で選ぶ」ことも、子どもの成長

親のほうが、子どもより多くの経験をしています。

だから、

「こっちを続けたほうが将来役に立つ」

「せっかく得意なのにもったいない」

と思うことがあります。

その考えが正しいこともあるでしょう。

でも、子どもの人生を歩くのは親ではありません。

私が陸上ではなくバスケットボールを選んだときも、その選択が将来どうなるかなど考えていませんでした。

ただ、

「バスケットボールをやってみたい」

と思った。

そして、自分で選んだからこそ夢中になれたのだと思います。

子どももこれから、たくさん選択することになります。

何を習うのか。

何をやめるのか。

どんなスポーツをするのか。

何を勉強するのか。

そして、もっと先には進学や仕事も自分で選ぶことになります。

親が毎回「正解」を選んであげるよりも、子ども自身が、

選ぶ。
やってみる。
違ったら変える。
また選ぶ。

そんな経験を重ねることのほうが大切なのではないでしょうか。

得意なことを伸ばすことも大切です。

でも、それ以上に私は、自分の人生を自分で選べるようになってほしいと思っています。

将来の夢についても、親が早く答えを求める必要はないと考えています。「小学生に将来の夢は必要?東大卒の父が『なくてもいい』と考える理由」では、私自身の経験も振り返りながら、子どもが自分の「やりたい」を見つけることについて書いています。

まとめ|「得意」よりも、子ども自身が選ぶことを大切にしたい

小学6年生の私は、ハードルが得意でした。

学校代表になり、地区大会で4位。体育の授業では、フォームの手本にされることもありました。

それでも中学校で選んだのは、陸上ではなくバスケットボールでした。

そして私は、バスケットボールに夢中になりました。

振り返ってみると、得意なことと、やりたいことは必ずしも同じではありません。

子どもが何かでいい結果を出せば、

「これが得意なんだ」

「もっと伸ばしたほうがいい」

と親が思うことはあるでしょう。

でも、それを続けるかどうかまで親が決める必要はないと思っています。

得意なことを続けてもいい。

好きなことを選んでもいい。

やってみて、途中で変えてもいい。

今は苦手でも、後から得意になることだってあります。

大切なのは、親が子どもの進む道を決めることではありません。

子ども自身が決めることです。

自分で選ぶ。

やってみる。

違うと思ったら変える。

そして、また自分で選ぶ。

小学生のうちに一つの「得意」を見つけて、それを一直線に伸ばすことよりも、私はそんな経験を何度もしてほしいと思っています。

親にできるのは、子どもの人生を決めることではなく、子どもが自分で選んだことを応援することなのだと思います。

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