小学生に英語は必要?東大卒・元商社マンが「早期英語教育を急がなくていい」と考える理由

小学生の学び

電車に乗っていた時のことです。

昼間の空いている時間帯でした。

身なりのいいお母さんと、小学校低学年と思われる娘さんが二人並んで座っていました。

どうやら英語教室の帰りのようでした。

お母さんは娘さんに英語の教科書を開かせ、発音の練習をさせていました。

娘さんは一生懸命に教科書を見ながら発音しています。

けれど、何かがうまくいかなかったのでしょう。

突然、お母さんが強い口調で言いました。

「もう、高いお金と時間をかけているのに、いい加減にして!」

娘さんはうつむきながら、必死に発音を続けていました。

私はその光景を見て、とても胸が痛くなりました。

あんなに頑張っている子なのに。

英語がうまくできないというだけで、そこまで叱られる必要があるのだろうか。

そんなことを考えてしまったのです。

最近は、

「英語は早ければ早いほどいい」

「小学生から英語を始めないと手遅れになる」

「帰国子女に負けないためには、幼少期から英語をやった方がいい」

そんな話をよく耳にします。

確かに、英語は重要です。

これからも国際化は進むでしょうし、英語ができることは間違いなく武器になります。

しかし私は、小学生の時期に無理をしてまで英語をやる必要はないと考えています。

なぜそう考えるのか。

それは、私自身の受験と、その後23年間総合商社で働いた経験があるからです。

第1章 私は小学生の頃、英語を勉強していなかった

私は留学経験がありません。

英会話学校にも通ったことがありません。

オンライン英会話を受けたこともありません。

そして、小学生の頃には英語を勉強したことすらありませんでした。

本格的に英語を学び始めたのは中学校に入ってからです。

しかも、中学最初の英語の定期テストでは、平均90点ほどだったのに、私は70点程度。

決して「英語が得意な子」ではありませんでした。

それでも、その後は英語が東大受験での得意科目になりました。

特別な英語教育を受けたわけではありません。

当時やっていたことといえば、NHKのラジオ英会話を聞いていた程度です。

そして、一浪して東京大学に合格しました。

この経験だけでも、少なくとも私は、

「小学生から英語を本格的に勉強しなければ、大学受験で手遅れになる」

とは考えていません。

しかし、私がそう考えるようになった最大の理由は、東大受験ではありません。

その後の社会人生活です。

私は大学卒業後、総合商社に入社しました。

そして35歳の時、アフリカに駐在し、会社が数百億円を投じる大型プロジェクトを担当することになります。

そこで私は、嫌というほど思い知らされました。

英語ができることと、英語を使って仕事ができることは、必ずしも同じではない。

次の章では、決して英語がペラペラではなかった私が、アフリカでどのように仕事をしていたのかを書いてみたいと思います。

第2章 英語が得意ではなかった私が、アフリカで仕事をするまで

私は大学卒業後、総合商社に入社しました。

しかし、新入社員の頃から英語が得意だったわけではありません。

ある日、海外から電話がかかってきました。相手の名前を聞こうとして、

「What’s your name?」

と聞いたところ、指導員から、

「May I have your name? だろ!」

と怒鳴られたことがあります。

当時の私の英語力は、その程度でした。

社会人になってからは、仕事で必要に迫られて英語を使うようになりました。

電話で伝わらない。
会議で聞き取れない。
商談で言いたいことが出てこない。

そのたびに勉強し、失敗し、また使う。その繰り返しで、少しずつ英語を身につけていきました。

そして35歳の時、海外駐在の機会が訪れます。

勤務地は、以前から希望していたアフリカでした。

しかも担当することになったのは、会社が数百億円を投じる大型プロジェクトです。

現地には、まだ事務所すらありませんでした。私は一人で現地に入り、事務所の開設から始めました。開所式には本社の社長も来るほど、会社にとって重要な案件でした。

駐在前に取得したTOEICは780点。

英語を使って仕事はできる。しかし、ネイティブのように流暢に話せるわけではない。

そんな英語力で、私はアフリカで大型プロジェクトを担当することになったのです。

第3章 アフリカで分かった「英語力より大切なもの」

現地では、まず秘書を採用しました。

彼女は現地の大学を卒業しており、英語での会話にはまったく問題がありませんでした。

私も彼女も英語のネイティブではありません。それでも、仕事をするうえでは十分にコミュニケーションを取ることができました。

次に営業マンを採用しました。

彼は北米の大学を卒業し、その後も北米の金融機関で働いていたエリートでした。英語はほぼネイティブレベルです。

彼が話し始めると、とにかく速い。

「俺と話す時はもっとゆっくり話してくれ」

と何度言ったか分かりません。

それでも速いので、結局私は、

「もう一回言って」

と何度も聞き返していました。

ある商談では、相手の話が終わったあと、私はあえて黙っていました。すると、その営業マンが代わりに話し始めました。

商談後、私は彼に言いました。

「相手が追加情報を話し始めるのを待っていたんだ」

すると彼は、

「ボスが英語で困っていると思ったから、助けようと思ったんだ。ソーリー」

と答えました。

部下から見ても、私の英語力はその程度だったのです。

それでも、仕事は進みました。

なぜか。

私は英語のプロではありませんでしたが、プロジェクトの中身は理解していたからです。

建設、物流、販売、原料調達、資金計画。

相手が何を求めているのか。こちらは何を実現しなければならないのか。そのために誰を動かし、何を決める必要があるのか。

英語以前に、自分の担当する仕事を理解していました。

だから、多少英語が不自由でも仕事を前に進めることができたのです。

ただ、最後まで苦戦した相手が一人いました。

現地のマッキンゼーのトップです。

政府との関係を築くため、私は3か月に一度ほど彼のもとを訪ねていました。

超一流のエリートで、英語も非常に流暢でした。

彼が話し始めると、まるで機関銃のようなスピードです。

私が理解できたのは、良くて4割。悪ければ3割程度でした。

それでも、私は通い続けました。

理解できなければ聞き返す。
分からなければ調べる。
そして、また会いに行く。

その結果、彼から多くの政府関係者やキーパーソンを紹介してもらうことができました。

この経験から、私は一つのことを強く感じるようになりました。

英語は目的ではありません。英語は、相手とコミュニケーションを取るための道具です。

本当に重要なのは、英語を完璧に話すことだけではありません。

好奇心。
行動力。
挑戦する勇気。
失敗しても、もう一度やってみる力。
そして、相手に伝えようとする気持ち。

英語が流暢でも、行動しなければ何も始まりません。

一方で、つたない英語でも、分からなければ聞き返し、自分から動けば、仕事を前に進めることはできます。

私がアフリカで学んだのは、「完璧な英語」よりも「英語を使って何をするのか」の方が大切だということでした。

第4章 小学生のうちは、英語より先に身につけてほしいもの

だから私は、小学生の息子たちに英語を強制しようとは思いません。

英語より先に、身につけてほしいものがあるからです。

友達と本気で遊ぶこと。
スポーツに熱中すること。
本を読むこと。
失敗すること。
挑戦すること。
そして、夢中になれるものを見つけること。

小学生の時間は限られています。

英語を学ぶことにも価値があります。しかし、「将来困るから」「早く始めないと手遅れになるから」という親の不安だけで、子どもの時間を英語で埋める必要はないと私は考えています。

子ども自身が英語を好きで、もっとやりたいのであれば、もちろん応援すればいい。

一方で、英語に興味を示さない子どもに、無理に早期教育をさせなければ将来困る、と焦る必要もないのではないでしょうか。

私自身、小学生では英語を勉強せず、中学校から始めました。それでも東大受験では英語が得意科目になり、社会人になってからは英語を使って海外で仕事をしました。

必要になれば、人は学びます。

だから小学生のうちは、英語力そのもの以上に、「知りたい」「やってみたい」「できなかったからもう一度やってみよう」と思える力を育てることを、私は大切にしたいと思っています。

まとめ|小学生の英語は「早ければ早いほどいい」とは限らない

英語は、これからの時代にも重要な力だと思います。

英語ができれば、触れられる情報も、出会える人も、将来の選択肢も広がります。

だから私は、「英語なんて勉強しなくていい」と言いたいわけではありません。

私が伝えたいのは、「小学生のうちから無理に英語をやらせなければ、将来手遅れになる」と焦る必要はないということです。

私は小学生の頃、英語を勉強していませんでした。中学校から英語を始め、東大受験では得意科目になりました。

社会人になってからは、必要に迫られてさらに英語を学びました。

決して流暢な英語を話せたわけではありません。それでもアフリカに駐在し、数百億円規模のプロジェクトに携わることができました。

そこで私が学んだのは、英語そのもの以上に大切なものがあるということです。

英語は目的ではなく、何かをするための道具です。

子どもがいつか、「海外に行きたい」「外国の人と話したい」「英語でこれを学びたい」と思ったとき、その必要性を本人が感じれば、そこから本気で学ぶこともできます。

だから私は、小学生の今は、英語だけを先取りすることよりも、たくさん遊び、読み、体を動かし、失敗し、いろいろなことに興味を持ってほしいと思っています。

英語を早く始めることよりも、いつか必要になったとき、自分から学び始められる子に育つこと。

私は、その方が長い目で見れば大切なのではないかと考えています。

東大受験については、私自身の経験から感じた「10の誤解」をこちらの記事にまとめています。

→ 地方公立高校から東大へ|塾なし・一浪で合格した私が考える10の誤解

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