先日、この記事を書こうと思って、小学生の息子二人に聞いてみました。
「将来、何になりたい?」
ところが、二人とも特に答えはありませんでした。
将来の夢がない。
でも、私はそれでいいと思っています。
考えてみれば、私自身も子どものころに何になりたかったのか、今では覚えていません。
高校生のころの目標は、
「東大生になること」
でした。
ただ、東大に入って何をしたいのか、その先にどんな仕事をしたいのかまで考えていたわけではありません。
実際、東大に入ってからも、自分の将来についてそれほど深く考えていませんでした。
社会人になり、商社で働くようになってから、
「新しいビジネスをやりたい」
という思いを持つようになりました。
そして今、私が一番願っていることは、もっとシンプルです。
息子たちに幸せになってほしい。
振り返ってみると、夢や目標はずっと同じではありませんでした。
年齢や経験によって変わってきましたし、明確な夢がない時期も長くありました。
だから、小学生のうちから将来の夢を決める必要はないと私は思っています。
夢は、無理に探して見つけるものなのでしょうか。
それとも、いろいろな経験をする中で、いつか自然に見つかるものなのでしょうか。
今回は、二人の息子と自分自身を振り返りながら、「小学生に将来の夢は必要なのか」について考えてみたいと思います。
小学生に将来の夢がなくてもいい
「将来、何になりたい?」
子どもは、学校でも大人からでも、こう聞かれることがあります。
すぐに答えられる子もいるでしょう。
サッカー選手になりたい。
医者になりたい。
学校の先生になりたい。
一方で、私の息子たちのように、特に答えが出てこない子もいます。
でも、それを見て、
「夢を持たせたほうがいいのではないか」
「目標がないと勉強を頑張れないのではないか」
と親が心配する必要はないと思っています。
小学生が知っている世界は、まだそれほど広くありません。
これから中学校、高校、大学へ進み、たくさんの人と出会います。
本を読んだり、スポーツをしたり、旅行をしたり、さまざまな経験もするでしょう。
大人になって初めて知る仕事もたくさんあります。
そうした経験をする前に、
「将来やりたいことを決めなさい」
と言われても、分からなくて当然ではないでしょうか。
夢がないことよりも、私は、
「今、何に興味を持っているのか」
「何をしていると楽しいのか」
のほうを大切にしたいと思っています。
今好きなことが、そのまま将来の仕事になる必要もありません。
いろいろなことを経験する中で、興味の対象が何度変わってもいい。
小学生の今、将来の夢が決まっていないことは、何の問題でもない。
息子たちの答えを聞いて、私はそう思っています。
私の高校時代の夢は「東大生になること」だった
私自身はどうだったのか。
子どものころの夢は、正直なところ覚えていません。
高校生になると、はっきりした目標ができました。
「東大生になること」
です。
東大に合格することを目標にして勉強していました。
でも、今振り返ると少し不思議です。
「東大に入って何を勉強したいのか」
「大学を卒業したら、どんな仕事をしたいのか」
そこまでは、ほとんど考えていませんでした。
つまり私にとって東大は、将来の夢というより、その時点での目標だったのだと思います。
そして実際に東大に入ってからも、
「将来は絶対にこの仕事をしたい」
という明確なものはありませんでした。
高校生になっても、大学生になっても、その先の人生がはっきり見えていたわけではないのです。
それでも、大学を卒業し、社会に出て、仕事をする中で、新しくやりたいことが出てきました。
だから私は、今の息子たちに将来の夢がなくても心配していません。
人生の目標は、小学生のうちに決めて、そのまま一直線に進むものではない。
自分自身の人生を振り返っても、そう思います。
社会人になってから「新しいビジネスをやりたい」と思った
大学を卒業して、私は商社に入りました。
そこで仕事をするようになってから、ようやく自分の中に、
「新しいビジネスをやりたい」
という気持ちが生まれました。
高校生のころには、そんなことは考えていませんでした。
東大生だったころにも、自分が将来、商社でどんな仕事をしたいのかまで明確に描いていたわけではありません。
実際に社会に出て、仕事をして、いろいろな人と出会い、さまざまな経験をしたからこそ、やりたいことが見えてきたのだと思います。
この経験からも、私は「夢は早く見つけたほうがいい」とは思いません。
まだ経験していないことを、子どもが夢にするのは難しいからです。
小学生のうちに将来の職業を決めることよりも、いろいろなことを経験する。
面白いと思うものに出会う。
知らなかった世界を知る。
その積み重ねの先に、いつか、
「これをやってみたい」
と思うものが出てくればいい。
私自身、それが社会人になってからでした。
夢を見つける時期にも、人それぞれのタイミングがあるのだと思います。
今の私の夢は「息子たちが幸せになること」
では、今の私の夢は何か。
そう考えてみると、高校時代とも、商社で働いていたころとも違います。
今、一番願っているのは、
「息子たちが幸せになってほしい」
ということです。
東大に行ってほしい、ということではありません。
有名な会社に入ってほしい、ということでもありません。
もちろん、勉強もできたほうがいい。
スポーツも楽しんでほしい。
将来、好きな仕事が見つかればいいとも思います。
でも、それらは最終的な目的ではありません。
私にとって一番大切なのは、息子たちが大人になったとき、
「自分の人生は悪くないな」
と思えるような人生を送ってくれることです。
そう考えると、親が小学生の子どもに、
「将来は何になりたいの?」
「夢を持ったほうがいいよ」
と急かす必要はないように思います。
親が考えた夢を、子どもの夢にする必要もありません。
今はサッカーが楽しい。
友達と遊ぶのが楽しい。
漫画を描くのが楽しい。
それで十分です。
これからたくさんのことを経験して、その中で本人が「やってみたい」と思うものが見つかればいい。
子どもの「やりたい」を親が先回りせずに待つことについては、「子どもの「やりたい」を待つ子育て|スキー・皇居ラン・バスケで気づいたこと」でも、わが家の経験を書いています。
そして、途中で変わってもいい。
夢を持つことより、自分で自分の人生を選んでいけること。
今の私は、息子たちにそれを願っています。
子どもには「夢」よりも、いろいろな経験を
将来の夢を無理に決める必要はない。
だからといって、何もしなくていいという意味ではありません。
むしろ小学生のうちは、いろいろなことを経験することのほうが大切なのではないかと思っています。
スポーツをやってみる。
本を読む。
友達と遊ぶ。
虫を捕まえる。
旅行に行く。
音楽に触れる。
学校で知らなかったことを学ぶ。
習い事を始めてみて、合わなければやめる。
そうした一つ一つの経験によって、子どもの知っている世界は少しずつ広がっていきます。
「小学生の習い事は多いほどいい?東大卒の父が考える習い事との付き合い方」でも書きましたが、息子たちは剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノなど、いろいろなことを経験してきました。、息子たちは剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノなど、いろいろなことを経験してきました。
続いたものもあれば、やめたものもあります。
それでいいと思っています。
将来、その中の何かが仕事につながるかどうかは分かりません。
つながらなくても構いません。
大切なのは、
「自分はこれが好きだ」
「これはあまり好きではない」
「こんな世界もあるんだ」
と、自分自身で知っていくことではないでしょうか。
将来の夢を聞いて答えられない息子たちに、今、無理に答えを探させようとは思いません。
これから世界を広げていく中で、いつか本人たちが、
「これ、やってみたい」
と思うものに出会えばいい。
私は、そのための経験ができる環境を用意することのほうが、親の役割なのではないかと思っています。
まとめ|将来の夢は、今なくてもいい
息子たちに、
「将来、何になりたい?」
と聞いてみましたが、二人とも答えはありませんでした。
でも、私はそれでいいと思っています。
私自身、子どものころの夢は覚えていません。
高校時代の目標は「東大生になること」でしたが、その先に何をしたいのかまでは考えていませんでした。
社会人になってから「新しいビジネスをやりたい」と思うようになり、今、一番願っているのは「息子たちが幸せになってほしい」ということです。
夢や目標は、人生の中で変わります。
そして、夢がない時期があってもいい。
小学生のうちから、
「将来の夢を決めなければ」
「やりたい仕事を見つけなければ」
と焦る必要はないと思います。
それよりも、遊ぶ、学ぶ、スポーツをする、本を読む、人と出会う、知らない場所へ行く。
そんな経験をたくさんする中で、子どもの世界は広がっていきます。
その先で、
「これをやってみたい」
と思えるものに出会ったら、そのとき挑戦すればいい。
そして、やってみて違うと思えば、また別の道を選べばいい。
親にできることは、子どもの夢を決めることではなく、子どもが自分の人生を選んでいくための経験や環境を用意することなのではないでしょうか。
今、将来の夢がなくても大丈夫。
息子たちには、これからゆっくり、自分の「やりたい」を見つけていってほしいと思っています。


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