子どもの「やりたい」を待つ子育て|スキー・皇居ラン・バスケで気づいたこと

子育て・教育論

「子どものためには、親がいろいろな経験をさせた方がいい。」

私も、そう思っています。

公園へ連れて行く。

スポーツを体験させる。

新しいことに挑戦する機会をつくる。

親だからこそ、できることはたくさんあります。

でも二人の息子を育ててきて、最近はそれと同じくらい大切なことがあると思うようになりました。

「待つこと」です。

我が家は、長男が小学1年生、次男が年中の頃から毎年スキー旅行へ行っています。

最初の数年間、息子たちはそれほどスキーに夢中ではありませんでした。

小学4年生頃の長男は、休日になっても家でYouTubeやゲームをして、一歩も外へ出ない日がありました。

バスケットボールも、小学1年生の時に私が体験へ連れて行きましたが、まったく興味を示しませんでした。

親としては、

「もっと運動した方がいいのでは」

「せっかくスキーに来たんだから、もっと滑ればいいのに」

「バスケをやったら楽しいのに」

と思います。

でも、親が思ったタイミングでは動かなかった息子たちが、ある日突然、自分から動き始めました。

「もっと急なコースを滑りたい。」

「暇だから走ろうかな。」

「バスケをやりたい。」

誰かに言われたわけではありません。

自分でそう思ったのです。

そして、自分から始めた時の成長の速さを見て、私は一つのことに気づきました。

親が子どもを動かそうとすることより、子どもが自分から動き出すまで待つことも、子育てなのではないか。

この記事では、スキー、皇居ラン、バスケットボールという三つの出来事から、私が「待つ子育て」について考えるようになった理由を書いてみたいと思います。

最初の数年間、息子たちはスキーよりホテルが好きだった

我が家は、長男が小学1年生、次男が年中の頃から、毎年家族でスキー旅行へ行くようになりました。

これまでに5回ほど、2泊3日の旅行をしています。

最初の旅行では、2時間ほどスキーのレッスンを受けました。

その後は、追加のレッスンには通わず、家族だけで滑っています。

ただ、最初の数年間、息子たちはスキーに夢中だったわけではありません。

むしろ楽しみにしていたのは、

ホテルのゲームコーナー。

露天風呂での雪遊び。

夕食のカニ。

部屋で家族でするトランプ。

そちらの方だったと思います。

親としては、せっかく時間とお金をかけてスキー場まで来ています。

「もっと滑ればいいのに」

と思うこともありました。

でも私は、

「せっかく来たんだから、もっと滑ろう」

「上手になるために練習しよう」

と無理に滑らせることは、ほとんどしませんでした。

スキー旅行なのだから、スキーをしなければ意味がない。

そう考えるのではなく、ゲームコーナーも、露天風呂も、トランプも含めて、子どもたちにとって楽しい旅行ならそれでいいと思っていました。

ところが、4回目、5回目になると様子が変わりました。

息子たちの方から、

「初心者コースは飽きた。」

「もっと急なコースを滑りたい。」

と言い始めたのです。

親が勧めたわけではありません。

その頃には朝から夕方まで滑るようになり、スピードもどんどん上がっていきました。

気づけば、私や妻が追いかけるのが大変なくらいになっていました。

数年間、無理に上達させようとはしなかった。

でも本人たちが「もっと滑りたい」と思った時、一気に変わった。

この経験から私は、子どもには、その子自身の「やりたくなるタイミング」があるのではないかと思うようになりました。

一日中ゲームをしていた長男が、突然「走ろうかな」と言った

長男が小学3年生の終わり頃から、我が家は遠くの大型公園へ行くことがほとんどなくなりました。

友達と遊ぶ時間が増えたこともあります。

遊園地や映画館を好むようになったこともあります。

そして何より、YouTubeやゲームを楽しむ時間が長くなりました。

小学4年生になると、サッカーのない休日に、一日中パジャマのまま家で過ごすことも珍しくありませんでした。

私は正直、少し焦りました。

幼い頃は、あれほど公園を走り回っていた子です。

「たまにはサッカーの練習をしよう。」

「大きな公園へ行こう。」

何度か誘いました。

でも、長男はその気になりません。

「このままで大丈夫なのかな。」

親として、そう思うこともありました。

それでも、無理やり外へ連れ出すことはしませんでした。

そんな時期が一年ほど続いたある日。

家でゴロゴロしていた長男が、突然こう言いました。

「暇だから走ろうかな。」

私は驚きました。

「じゃあ、皇居を走ってみようか。」

二人で皇居へ向かいました。

皇居外周は約5キロあります。

長男は途中で何度も歩きました。

また走る。

また歩く。

それでも途中でやめず、約40分かけて一周しました。

私はその時、足を痛めていたので、自転車で横を走りました。

一周を終えた長男は疲れていましたが、とても満足そうでした。

その姿を見ながら、私は思いました。

無理やり外へ連れ出さなくて良かった。

親が「運動しなさい」と言って走らせた5キロではありません。

自分から「走ろうかな」と言って走った5キロです。

同じ運動でも、この違いは大きいと思います。

子どもは、親が期待したタイミングでは動かないことがあります。

でも、何もしていないように見える時期を経て、突然自分から動き出すこともある。

この日の皇居ランは、そのことを私に強く感じさせました。

小1では興味ゼロだったバスケを、小5で自分から始めた

もう一つ、「子どものタイミングを待つこと」の大切さを感じた出来事があります。

長男のバスケットボールです。

私自身、中学3年間バスケットボール部に所属していました。

あの3年間は、今振り返っても「青春だった」と思えるくらい楽しい時間でした。

だから、息子にもいつかバスケットボールを経験してほしいという気持ちがありました。

長男が小学1年生の時、隣町のバスケットボールチームの体験へ連れて行ったことがあります。

しかし、まったく興味を示しませんでした。

Bリーグの試合にも二度連れて行きました。

試合そのものは楽しんでいましたが、

「バスケをやりたい」

とは言いませんでした。

私は、それ以上勧めませんでした。

それから約4年。

小学5年生になった長男が突然、

「バスケをやろうかな。」

と言い出しました。

きっかけは、放課後に友達とバスケットボールをしていたことでした。

サッカーの友達も何人かチームに入っていました。

小学1年生の時には、親が体験へ連れて行っても始めなかった。

それが小学5年生になると、親が何も言わなくても自分から始めたのです。

そして入団すると、週3回の練習に積極的に参加するようになりました。

初めての大会では、最初の5人にも選ばれ、公式戦初得点も決めました。

私がうれしかったのは、得点を決めたことだけではありません。

自分で「やりたい」と決め、自分で練習に通っていることが何よりうれしかったのです。

もし小学1年生の時に、

「お父さんもやっていたんだから、バスケをやりなさい」

と無理に入団させていたら、どうなっていたでしょうか。

それは分かりません。

でも少なくとも、小学5年生で始めたバスケットボールは、本人が自分で選んだものです。

スキーも、皇居ランも、バスケットボールも同じでした。

親が望んだタイミングではなく、本人の中で「やりたい」が生まれた時に動き始めたのです。

「待つ」と「何もしない」は違う

ここまで読むと、

「では、親は何もせず、子どもがやりたいと言うまで放っておけばいいのか」

と思われるかもしれません。

私は、そういうことではないと思っています。

振り返ってみれば、我が家でも親が用意したものはたくさんあります。

幼い頃には、100か所以上の公園へ連れて行きました。

サッカー、剣道、体操、水泳など、いろいろなスポーツを経験する機会もつくりました。

スキーにも毎年連れて行きました。

バスケットボールの体験にも連れて行き、Bリーグの試合も見せました。

きっかけや環境は、親が用意してきたのです。

ただ、その先まで親が決めない。

そこを私は大切にしています。

スキー場へは連れて行く。

でも、何時間滑るかまで親が決めない。

バスケットボールを知る機会はつくる。

でも、入団するかどうかは本人に任せる。

公園へは連れて行く。

でも、何をして遊ぶかは子どもに任せる。

親は選択肢を見せる。

子どもは、その中から自分で選ぶ。

私は、そのくらいの距離感がちょうどいいのではないかと思っています。

もちろん、待っている間は不安になることもあります。

一日中ゲームをしている長男を見れば、

「外で遊んだ方がいいのでは」

と思いました。

小学1年生でバスケに興味を示さなかった時には、少し残念にも思いました。

でも、親が焦って子どもを動かしても、それが本人の「やりたい」に変わるとは限りません。

親ができるのは、種をまくところまでなのかもしれません。

いつ芽が出るのか。

どの種から芽が出るのか。

それは、親にも分かりません。

だからこそ、いろいろな経験ができる環境を用意しながら、本人が動き出すタイミングを待つ。

私は、それも親の大切な役割だと思っています。

子どもには「自ら育つ力」がある

以前、妻がこんなことを言っていました。

「子どもって、ものすごい力を持って生まれてくるらしいよ。」

「だから親が育てようとしなくても、温かく見守っていれば、勝手に育つんだって。」

当時の私は、

「そういう考え方もあるんだな」

と思う程度でした。

でも、二人の息子を育ててきた今、その言葉の意味が少し分かるようになりました。

子どもは、親の予定どおりには動きません。

「今やった方がいい」

「今始めた方がいい」

と親が思っても、本人にその気がなければ動かないことがあります。

でも、自分の中に「やってみたい」という気持ちが生まれると、驚くほど自分から動き始めます。

スキーでは、自分から難しいコースへ行きたがるようになりました。

皇居ランでは、自分から「走ろうかな」と言いました。

バスケットボールでは、小学1年生では興味を示さなかったのに、小学5年生になって自分からチームに入りました。

どれも、親が強制したものではありません。

本人の中から出てきた「やりたい」でした。

もちろん、「子どもは勝手に育つ」というのは、親は何もしなくていいという意味ではありません。

安心して挑戦できる環境をつくる。

いろいろな世界を見せる。

失敗しても受け止める。

困った時には助ける。

そして「やってみたい」と言った時には、できるだけその一歩を応援する。

それが親の役割なのではないかと思っています。

私はこれまで、「子どもをどう育てればいいのか」を考えてきました。

でも最近は、少し違います。

親が「育てる」ことより、子ども自身がどう「育っていくか」。

そちらを見る方が大切なのではないかと思うようになりました。

親がレールを敷いて、その上を歩かせるのではない。

いろいろな道があることを見せながら、本人が歩き出すのを待つ。

そして歩き始めたら、必要な時だけ手を貸す。

私はこれからも、そんな「育て方」ではなく「育ち方」を大切にする子育てをしていきたいと思っています。

まとめ|親ができるのは、きっかけをつくって待つこと

スキー、皇居ラン、バスケットボール。

三つの出来事を振り返ると、共通していることがあります。

親が「やってほしい」と思ったタイミングと、子どもが「やりたい」と思うタイミングは違う。

ということです。

スキーでは、最初の数年間はホテルで遊ぶ方が楽しそうでした。

それが、ある時から自分で難しいコースへ挑戦するようになりました。

長男は休日に一日中ゲームをしていた時期がありましたが、ある日突然、

「走ろうかな」

と言って皇居一周に挑戦しました。

バスケットボールは、小学1年生で体験へ連れて行っても興味を示さなかったのに、小学5年生になると自分から「やりたい」と言いました。

親として、もっと早く始めてほしいと思うことはあります。

もっと練習してほしいと思うこともあります。

でも、親が焦って動かすことが、必ずしも子どものためになるとは限りません。

きっかけをつくる。

いろいろな経験ができる環境を用意する。

本人が興味を示さなければ、いったん待つ。

そして「やりたい」と言った時には応援する。

二人の息子を育ててきて、私はこの繰り返しでいいのではないかと思うようになりました。

子どもがいつ、何に夢中になるのかは分かりません。

だから親が先回りして、すべてを決める必要もないのだと思います。

子どもには、自分で興味を持ち、自分で選び、自分で成長していく力がある。

親ができるのは、その力を信じて、動き出せる環境を用意しておくこと。

そして、時には待つこと。

私はそれが、「子どもの育ち方」を大切にするということなのではないかと思っています。

子どもの運動能力について、我が家の経験をまとめた記事はこちらです。

→ 子どもの運動神経を良くするには?息子2人が新体力テストA評価になるまでにやったこと

外遊びについてはこちら。

→ 子どもの運動神経を良くする外遊びとは?100か所以上の公園と放課後遊びで分かったこと

運動系の習い事についてはこちら。

→ 子どもの運動神経を伸ばす習い事は?4つのスポーツを経験した息子から分かったこと

わが家では、剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノなど、息子たちがさまざまな習い事を経験してきました。続いたものも、途中でやめたものもあります。「小学生の習い事は多いほどいい?東大卒の父が考える習い事との付き合い方」では、その経験から考えた習い事の始め方・やめ方について詳しく書いています。

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