「東大生は、どんな家庭で育ったのだろう?」
子どもを持つ親なら、気になることがあるかもしれません。
ネットで調べると、
「東大生の家庭には本がたくさんある」
「親子の会話が多い」
「子どもの『なぜ?』を大切にする」
「さまざまな体験をさせている」
といった話をよく見かけます。
では、本当にそうなのでしょうか。
私は中国地方の人口1万人ほどの町で育ちました。
公立小学校、公立中学校、公立高校へ進み、一浪して東京大学の理系に合格しました。
両親はともに高卒です。
塾にも小学生の頃は通っていません。
教育熱心な家庭だった、という記憶もありません。
そこで今回は、一般的に「東大生の家庭に共通する」と言われる10項目について、私自身が育った家庭は実際どうだったのかを○×で振り返ってみます。
結果から言うと、
意外と当てはまらないものがありました。
会話が多い家庭でもありませんでした。
家族旅行にもほとんど行っていません。
親から「なぜ?」と問いかけられた記憶もありません。
それでも、私は東大に合格しました。
10項目を振り返って見えてきたのは、「東大生を育てる家庭の正解」というより、子どもの教育について私が今も大切だと思っている、もっとシンプルなことでした。
東大生の家庭に共通すると言われる10項目|私の場合は?
| 項目 | 私の家庭 |
|---|---|
| ① 本が身近にある | ○ |
| ② 「なぜ?」を大切にする | × |
| ③ 勉強だけが評価基準ではない | ○ |
| ④ 親子の会話が多い | × |
| ⑤ 外遊びや体験を重視する | ○ |
| ⑥ 子どもにある程度任せる | ○ |
| ⑦ 親も学び続けている | ○ |
| ⑧ 結果だけを評価しない | ○ |
| ⑨ 子どもの興味を尊重する | ○ |
| ⑩ 勉強を特別扱いしない | ○ |
結果は、○が8個、×が2個でした。
「意外と当てはまっている」とも言えます。
ただし、一つひとつ振り返ってみると、一般にイメージされる「教育熱心な家庭」とはかなり違いました。
ここから、実際の我が家がどんな家庭だったのかを見ていきます。
① 本が身近にある【○】
私の母は、大変な読書家でした。
ただし、「家の中に本がたくさん並んでいたか」というと、そうではありません。
母はほとんどの本を図書館で借りていたからです。
母も働いていましたが、家にいるときは、家事以外の時間はよく本を読んでいました。
私はその姿を今でもよく覚えています。
だからといって、私自身がものすごい読書好きになったわけではありません。
母が図書館へ行くのは主に土日でしたが、私はほとんどついて行きませんでした。
友達と外で遊ぶ方が楽しかったからです。
一方、自宅には分厚くて写真の多い百科事典が一冊ありました。
当時はインターネットなどありません。
分からないことや興味を持ったことがあると、その百科事典を開いて調べていた記憶があります。
つまり我が家の場合、「本がたくさんある家庭」ではなく、「本を読んでいる大人が身近にいる家庭」だったのだと思います。
今振り返ると、本の冊数そのものより、母が楽しそうに本を読んでいる姿を日常的に見ていたことの方が、私には印象に残っています。
② 「なぜ?」を大切にする【×】
「子どもの『なぜ?』を大切にする」
これは、我が家にはあまり当てはまりません。
親から、
「なぜそう思うの?」
「どうしてそうなると思う?」
と頻繁に問いかけられた記憶はありません。
そもそも、我が家は親子の会話がとても多い家庭ではありませんでした。
特に中学生以降の私は、自分の部屋で過ごす時間も増えました。
だから、「親が子どもの好奇心を質問でどんどん伸ばしてくれた」というような家庭ではありません。
それでも、自分で興味を持ったことを調べたり、考えたりすることはありました。
「なぜ?」を親が引き出してくれたというより、必要なときには自分で考えていた、という方が私の実感に近いです。
③ 勉強だけが評価基準ではない【○】
これは、かなり当てはまります。
私は両親から、
「勉強しなさい」
とほとんど言われたことがありません。
中学校では成績が良かったので、良い結果を取ればもちろん褒めてもらいました。
でも、テストの点数を細かくチェックされたり、順位について何か言われたりした記憶はありません。
忘れられない出来事が一度だけあります。
高校3年生の受験期、私は完全に勉強へのやる気を失っていた時期がありました。
家でテレビを見ていると、母から、
「勉強したら?」
と言われました。
私の記憶では、母から勉強するように言われたのは、それが最初で最後です。
だからこそ、その一言を今でも覚えているのだと思います。
我が家では、「勉強ができることだけが子どもの価値」という雰囲気はありませんでした。
私にとって勉強は、親に評価してもらうためにやるものではなく、基本的には自分でやるものでした。
④ 親子の会話が多い【×】
これは、我が家には当てはまりません。
家族の会話が特別多かったという記憶はありません。
夕食は家族で食べていましたが、今の私が自分の家庭でしているように、家族全員がそろって会話を楽しみながら食事をする、という感じでもありませんでした。
父は晩酌をしていたので、子どもたちとは食べる時間がずれることもありました。
母も食事の準備などで、ずっと一緒に座っていたわけではありません。
私には二人の姉がいましたが、きょうだい同士で会話が盛り上がるような家庭でもありませんでした。
むしろ覚えているのは、テレビのチャンネル争いです。
当時は一家にテレビが何台もある時代ではありません。
「これが見たい」
「いや、こっち!」
と、姉たちとよく喧嘩していました。
だから、「東大生は親子の会話が多い家庭で育つ」と言われても、少なくとも私には当てはまりません。
親子の会話が多いことには、もちろん良い面がたくさんあると思います。
ただ、会話の多さが東大合格の必須条件ではないことだけは、私自身の経験から言えます。
⑤ 外遊びや体験を重視する【○】
これは○にしました。
ただし、親が意識して、
「子どもにはたくさんの体験をさせよう」
と考えていたわけではないと思います。
私の実家は山の中にありました。
そのため、小さい頃から自然の中で遊ぶことは当たり前でした。
小学生になると、私はソフトボールに夢中になりました。
日が暮れてボールが見えなくなるまで、友達と遊んでいたこともあります。
一方で、家族旅行にはほとんど行った記憶がありません。
博物館や科学館へ頻繁に連れて行ってもらったわけでもありません。
今よく言われる「子どもに多様な体験をさせる教育」とは、かなり違います。
それでも、外で自分たちで遊びを見つけ、友達と夢中になって遊ぶ経験はたくさんありました。
親が用意してくれた体験というより、環境の中で勝手に経験を増やしていった。
私の場合は、こちらの方が近いと思います。
⑥ 子どもにある程度任せる【○】
これは、我が家に最も当てはまる項目の一つだと思います。
勉強について、親から管理された記憶がほとんどありません。
「宿題は終わった?」
「今日は何時間勉強した?」
「テストは何点だった?」
と毎日確認されることもありませんでした。
高校の進路も、自分で考えました。
大学についても、自分で東大を目指すと決めました。
そもそも中学受験については、「するか、しないか」という話さえ家庭で出た記憶がありません。
地元の公立中学校へ進むことが、ごく普通のことでした。
今振り返ると、両親は私の進路に無関心だったわけではないと思います。
ただ、本人が決めることに、必要以上に口を出さなかったのだと思います。
私は中学3年生で自分から東大を目指すと決めました。
現役で不合格になったあと、浪人してもう一度挑戦することも自分で決めました。
こうした経験を振り返ると、親に任せてもらったことは、私にとってかなり大きかったのではないかと思います。
そして今、私が自分の息子たちの宿題や進路を細かく管理しないのも、自分自身がそうやって育った影響があるのかもしれません。
⑦ 親も学び続けている【○】
この項目を見ると、私は真っ先に母を思い出します。
母は大学を出ているわけではありません。
何か資格を取るために勉強していたわけでもありません。
でも、とにかく本を読んでいました。
仕事と家事が終わり、時間ができると本を開く。
小説が中心だったと思いますが、その姿を私は子どもの頃から何度も見ています。
母から、
「本を読みなさい」
と強く言われた記憶はありません。
それでも、大人になっても本を読むことが当たり前の人が、すぐそばにいたことは覚えています。
「親も学び続けている」というと、資格の勉強をしたり、難しい本を読んだりする姿を想像するかもしれません。
でも、もっと広く考えてもいいのではないでしょうか。
親自身が何かに興味を持ち、楽しんで知ろうとしている。
それだけでも、子どもには何かが伝わるのかもしれません。
⑧ 結果より習慣を大切にする【○】
この項目は、少し迷いましたが○にしました。
私の両親から、
「毎日勉強する習慣が大切だ」
と教えられた記憶はありません。
テストで良い点を取れば、もちろん褒めてもらいました。
ただし、成績だけがすべてという家庭でもありませんでした。
両親はともに高卒でしたが、
「勉強しておくことは大切だ」
という話は聞いた記憶があります。
一方で、
「毎日○時間勉強しなさい」
「この問題集を毎日○ページやりなさい」
といった管理はありませんでした。
結果として私は、宿題や勉強を自分でやるようになりました。
つまり我が家の場合、親が「良い習慣」を作ってくれたというより、管理されなかったことで、自分なりの習慣を作るしかなかったという方が近いのかもしれません。
そう考えると、習慣を身につけるために、必ずしも親が細かく管理する必要はないのだと思います。
⑨ 子どもの興味を尊重する【○】
これは、はっきり○です。
私は親から、
「これをやりなさい」
と勉強やスポーツを押しつけられた記憶がほとんどありません。
小学生ではソフトボール。
中学生ではバスケットボール。
高校では部活動に入らず、東大受験を優先しました。
それぞれ自分で選びました。
そして中学3年生のとき、
「東大を目指す」
と決めたのも私自身です。
両親が東大を勧めたわけではありません。
「そんな大学は無理だからやめなさい」
と止められることもありませんでした。
自分がやりたいと言ったことを、基本的にはやらせてもらえた。
今振り返ると、これはありがたい環境だったと思います。
親が子どもの将来をすべて決めるのではなく、本人が興味を持ったことを尊重する。
私が今、自分の息子たちに「東大を目指せ」と言わないのも、この経験が原点の一つになっているのかもしれません。
⑩ 勉強を特別扱いしない【○】
これも○だと思います。
我が家では、勉強が特別なものとして扱われていた記憶がありません。
「勉強しなさい」
と言われることもほとんどありませんでした。
宿題は学校から出されるので、自分でやる。
テストがあれば、自分で勉強する。
それだけでした。
良い成績を取れば褒めてもらいましたが、勉強したから特別なご褒美がもらえるわけでもありません。
逆に、勉強していないからと毎日のように叱られることもありませんでした。
勉強は、親に言われてするものではなく、自分のために自分でするもの。
両親がそう教えたわけではありません。
でも、結果として私はそう考えるようになりました。
今、自分の息子たちの宿題やテストを私がほとんど管理していないのも、もしかすると自分がそういう環境で育ったからなのかもしれません。
まとめ|「東大生の家庭」に一つの正解はない
今回、一般的に「東大生の家庭に共通する」と言われる10項目を、自分が育った家庭に当てはめてみました。
結果は、
○が8個、×が2個。
数だけ見れば、かなり当てはまっています。
でも、一つひとつ振り返ってみると、私は少し違う印象を持ちました。
私の両親は、
「将来、東大に入れるために本を身近に置こう」
「自主性を育てるために口を出さないようにしよう」
「さまざまな体験をさせよう」
と、教育方針を考えていたわけではないと思います。
両親はともに高卒です。
教育熱心な家庭だったという記憶もありません。
家には大量の本があったわけではありません。
親子の会話が特別多かったわけでもありません。
家族旅行にもほとんど行きませんでした。
中学受験という選択肢すら、家庭で話題になった記憶がありません。
それでも私は、地方の公立小学校、公立中学校、公立高校を経て、一浪して東大に入りました。
だから私は、
「これを10個やれば東大生が育つ」
というような子育ての正解は存在しないと思っています。
ただ、今回振り返ってみて、一つ気づいたことがあります。
私の家庭には、少なくとも、
「子どもを親の思い通りに動かそうとする雰囲気」がほとんどありませんでした。
勉強するのも自分。
スポーツを選ぶのも自分。
高校を決めるのも自分。
東大を目指すと決めたのも自分。
親は必要なときには支えてくれましたが、進む方向まで決めることはありませんでした。
それが東大合格につながったのかは分かりません。
でも、自分のことを自分で決める習慣につながったことは確かだと思います。
そして今、私が二人の息子を育てるうえで大切にしていることも、結局そこに戻ってきます。
子育てに絶対の正解はありません。
親ができるのは、子どもを思い通りに育てることではなく、その子が自分で育っていくのを支えることなのではないか。
50歳を過ぎて自分の子ども時代を振り返ると、私はそう思います。
私が現在、息子たちの宿題やテストをほとんど管理していない理由については、こちらの記事に書いています。
→ 子どもの宿題を親は見るべき?東大卒の父が「ほとんど見ない」理由
また、東大卒の私が息子たちに「東大を目指せ」と言わない理由はこちらです。


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