小学生の習い事は多いほどいい?東大卒の父が考える習い事との付き合い方

小学生の学び

小学生になると、習い事について考える機会が増えます。

「何を習わせたらいいのだろう」

「習い事は多いほうが、子どもの可能性が広がるのではないか」

「せっかく始めたのだから、簡単にやめさせないほうがいいのではないか」

私も、息子たちにいろいろな習い事を経験させてきました。

剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノ。

ところが、同じ習い事でも、二人の反応は違いました。

今でも楽しんで続けているものがあります。

自分から「やりたい」と言って始めたのに、途中でやめたものもあります。

振り返ってみると、

「もっと早くやめてもよかった」

と思う習い事もあれば、

「もっと早く始めさせておけばよかった」

と思うものもあります。

だから今、私は習い事はやってみなければ分からないと思っています。

いろいろ経験してみるのはいい。

でも、やってみて本人が楽しめないのであれば、無理に続けなくてもいい。

大切なのは「何個習っているか」でも、「何年間続けたか」でもなく、その中から子ども自身が楽しめるものを見つけていくことではないでしょうか。

この記事では、二人の息子が経験してきた習い事を振り返りながら、小学生の習い事との付き合い方について考えてみます。

剣道は「もっと早くやめてもよかった」と思っている

長男は小学1年生から剣道を始めました。

最初のころは、面をかぶらず、竹刀を使ってチャンバラをするような感覚もあったのでしょう。楽しそうに通っていました。

ところが、面をかぶって本格的な練習をするようになると、少しずつ様子が変わってきました。

剣道の練習は、基本動作の繰り返しが多くあります。

もちろん、それが大切なのは分かります。

試合に出て勝ったときには、とても喜んでいました。

それでも、普段の練習そのものを楽しんでいるようには、私には見えませんでした。

次男も同じような経過でした。

兄の剣道について行き、最初の1年間は見学していました。その後、面をかぶる前の練習では楽しんでいましたが、小学1年生になって面をかぶるようになると、やはり楽しそうではありませんでした。

今振り返ると、二人とも剣道にそれほどやる気がなかったのだから、もっと早くやめてもよかったと思っています。

習い事を始めると、

「せっかく始めたのだから」

「もう少し続ければ好きになるかもしれない」

と親は考えてしまいます。

もちろん、少し大変だからといって、すぐにやめる必要はないでしょう。

ただ、続けることそのものが目的になってしまうのは違うと思います。

いろいろ経験して、その中から自分が楽しめるものを見つける。

そのための習い事なら、合わなかったものをやめることも、一つの経験なのだと思います。

水泳は「やっておいてよかった」と思う

水泳も、長男が小学1年生のときに始めました。

私は練習を見ることはほとんどありませんでしたが、通っているうちに、それなりに泳げるようになりました。

小学3年生に上がるタイミングで、外遊びの時間と重なるようになったため、水泳はやめることにしました。

長男については、やめたことを後悔していません。

ある程度泳げるようになったので、水泳を経験したことには十分価値があったと思っています。

一方、次男は少し違います。

小学1年生のときは申し込みが遅く、定員に入れませんでした。

そこで小学2年生から始めさせようとしたのですが、本人が嫌がって入りませんでした。

今でも、次男はあまり泳げません。

そのため、

「小学1年生のときに始められていればよかったな」

と思うことはあります。

剣道については「もっと早くやめてもよかった」と思う。

水泳については「もっと早く始めていればよかった」と思う。

親の判断は、いつも正解になるわけではありません。

だからこそ、最初から完璧な習い事選びをしようとするより、まず経験してみて、その後の子どもの様子を見ながら考えていくくらいでいいのではないかと思っています。

サッカーは、二人とも今でも楽しんでいる

サッカーも、息子たちが小さいころから始めた習い事の一つです。

剣道や水泳とは違い、二人とも今でも続けています。

理由は単純です。

本人たちが楽しんでいるからです。

練習に行くことを嫌がるわけでもなく、サッカーをしているときは楽しそうです。

もちろん、試合では勝つこともあれば負けることもあります。

シュートを決める日もあれば、思うようにプレーできない日もあります。

それでも、結果とは関係なく、サッカーそのものを楽しんでいます。

親からすると、

「せっかく始めたのだから長く続けてほしい」

と思うこともあります。

でも、剣道を振り返ると、長く続けること自体にそれほど意味があるとは思わなくなりました。

楽しいから、またやりたい。

もっと上手になりたいから、続けたい。

そんな気持ちが本人にあるなら、結果として長く続いていくのだと思います。

習い事で大切なのは、親が「続けさせる」ことよりも、子ども自身が「続けたい」と思えるものに出会うことなのではないでしょうか。

体操は、習い事以外の時間も楽しかった

体操を始めたきっかけは、少し変わっています。

雨の日によく遊びに行っていた室内遊び場がありました。

久しぶりに訪れてみると、そこが体操教室になっていました。

せっかくだから体験してみると、長男も次男もやる気になり、そのまま通い始めました。

二人とも体操を楽しんでいました。

ただ、楽しみだったのは体操だけではありません。

教室はショッピングモールの中にあったので、体操が終わると駄菓子屋に行ったり、フードコートで食べたり、ゲームセンターやおもちゃ屋さんをのぞいたりしました。

近くには遊具の多い公園もありました。

子どもたちにとっては、

「体操教室に行く日」そのものが楽しかった

のだと思います。

ところが、二人とも途中から楽しめなくなっていきました。

仲良くしていた小学高学年のお姉さんたちが、受験やケガをきっかけに次々とやめ、新しいメンバーが増えていったからです。

同じ教室で、同じ体操をしていても、周りの人や環境が変われば、子どもの気持ちも変わります。

習い事を続けられるかどうかは、その競技や内容が向いているかだけでは決まらないのでしょう。

先生や友達、教室の雰囲気、そして行き帰りの楽しみまで含めて、子どもは習い事を経験しています。

「以前は楽しんでいたのだから、今も続けるべき」とは限らない。

子どもの気持ちは変わります。

その変化も見ながら、続けるかどうかを考えていいのだと思います。

自分から始めた習い事でも、やめていい

次男が年長のとき、担任の男性の先生がとてもピアノが上手でした。

それを見た次男が、自分から、

「ピアノやりたい」

と言いました。

そこで次男がピアノを始め、その半年後には長男も始めました。

ところが、同じように習い始めても、その後は違いました。

次男は小学2年生になるころには、ピアノを楽しめなくなり、やめました。

家で自分から練習することも、ほとんどありませんでした。

一方、長男は今でも続けています。

年に一度発表会がありますが、その前になると、自分からピアノに向かって練習しています。

二人を見ていると、「自分からやりたいと言ったのだから、最後まで続けなさい」ではなくていいと思います。

やってみたいと思った気持ちは、そのときは本物だったのでしょう。

でも、実際にやってみたら思っていたものと違ったり、途中で興味がなくなったりすることもあります。

それも、やってみたから分かったことです。

妻は、私以上に「嫌ならやめればいい」という考えが強いです。

妻自身、子どものころにピアノを習っていましたが、本人は嫌で仕方がなかったのに、親から続けることを求められたそうです。

その経験があるからこそ、自分の子どもには同じことをしたくないのでしょう。

始めることを子どもが選べるなら、やめることも子どもが選んでいい。

私は息子たちを見ながら、そう考えるようになりました。

習い事は、やってみないと分からない

二人の息子の習い事を振り返ると、親が始める前に結果を予想するのは難しいと感じます。

楽しそうだと思って始めても、途中で嫌になることがあります。

自分から「やりたい」と言って始めても、やめることがあります。

反対に、何気なく体験したことがきっかけで、長く続くこともあります。

だから私は、子どもの習い事について、

「いろいろ経験してみればいい」

と考えています。

一つの習い事を長く続けることだけが、価値ではありません。

スポーツでも、音楽でも、まずやってみる。

楽しかったら続ける。

合わなかったら、やめて別のことをやってみる。

そうやっていろいろ経験する中で、

「これは楽しい」

「もっとやりたい」

と思えるものに出会えれば、それで十分ではないでしょうか。

もちろん、一度「行きたくない」と言っただけで、すぐにやめる必要はないと思います。

その日の気分なのか、本当に楽しめなくなっているのかは、少し様子を見る必要があります。

でも、毎回嫌がっているのに、

「せっかく始めたから」

「途中でやめたら根性がつかないから」

という理由だけで続けさせる必要もないと思います。

習い事は、続けることが目的ではありません。

子どもがいろいろな世界を経験し、その中から自分の好きなものを見つけていく。

私は、そのための一つの機会だと考えています。

子どもが自分から「やりたい」と思うまで待つことについては、「子どもの「やりたい」を待つ子育て|スキー・皇居ラン・バスケで気づいたこと」でも、わが家の経験をもとに書いています。

まとめ|いろいろ経験して、楽しいものを続ければいい

二人の息子は、これまで剣道、水泳、サッカー、体操、ピアノなど、いろいろな習い事を経験してきました。

今も続いているものもあれば、途中でやめたものもあります。

振り返れば、

「もっと早くやめてもよかった」

と思うものもありますし、

「もっと早く始めていればよかった」

と思うものもあります。

親にも、始める前に正解は分かりません。

子ども自身も、実際にやってみなければ、自分が好きなのかどうか分からないでしょう。

だから私は、小学生のうちは、いろいろなことを経験してみればいいと思っています。

そして、楽しいものは続ければいい。

楽しめなくなったものは、やめてもいい。

やめることは、失敗ではありません。

「これは自分には合わなかった」と分かることも、一つの経験です。

次男は自分から始めたピアノをやめました。

長男は半年遅れて始めたピアノを、今でも続けています。

サッカーは二人とも楽しんでいます。

同じ家庭で育つ兄弟でも、それぞれ違います。

だから親が、

「これをやれば将来役に立つ」

「せっかく始めたのだから続けるべき」

と決めすぎる必要はないのでしょう。

まず、やってみる。
子どもの様子を見る。
楽しいなら続ける。
合わなければ、別のことをやってみる。

習い事も、そんな繰り返しの中で、子ども自身が好きなものを見つけていけばいい。

子どもが何かでいい結果を出すと、「得意なのだから伸ばしたほうがいい」と考えることもあります。ただ、得意なことと本人がやりたいことは同じとは限りません。「小学生のうちに『得意』を伸ばすべき?東大卒の父が考える『得意』と『好き』の違い」では、私自身がハードルではなくバスケットボールを選んだ経験から、このことについて考えています。

子どもが今、将来やりたいことを決めていなくても問題ないと考えています。「小学生に将来の夢は必要?東大卒の父が『なくてもいい』と考える理由」では、私自身の経験も振り返りながら、子どもの夢について書いています。

私は、そう考えています。

習い事だけで子どもの時間を埋めるのではなく、自由に遊ぶ時間も大切にしたいと考えています。詳しくは、「東大卒の私が『小学生は遊んだほうがいい』と考える理由|勉強より夢中になる時間」でも書いています。

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