子どもを他の子と比べてはいけない。
子育てをしていると、よく聞く言葉です。
確かに、その通りだと思います。
でも実際に子どもを育てていると、まったく比較しないというのも、なかなか難しいものです。
私もそうです。
勉強については、息子たちを他の子と比較することはほとんどありません。
テストがクラスで何番なのか。
同級生より算数ができるのか。
何年生の内容まで先取りしているのか。
そういったことは、ほとんど気になりません。
ところがスポーツになると違います。
サッカーでシュートを何本決めた。
30m走で何位だった。
500m走で何位だった。
どうしても気になってしまいます。
なぜ同じ子どものことなのに、勉強では気にならず、スポーツでは気になるのだろう。
考えてみると、そこには親である私自身の「期待」があることに気づきます。
一方、妻は少し違います。
勉強でもスポーツでも、基本的に息子たちを褒めます。
自分自身が子どものころ、親からいろいろ言われたり、好きでもないことを強制されたりした経験があるからなのか、息子たち自身の選択をとても大切にしています。
私から見ても、その姿勢から学ぶことは多くあります。
そもそも、子どもの成長は一直線ではありません。
今できるから、将来もできるとは限らない。
今できないから、将来もできないとも限らない。
この記事では、二人の息子を育てながら私自身が感じている、「他の子との比較」「親の期待」「子どもの成長」について考えてみたいと思います。
長男のときは「何か月で何ができるか」が気になった
長男が生まれたとき、私は育児書をかなり読みました。
生後何か月で寝返りをする。
何か月で座れるようになる。
何か月で歩き始める。
育児書に書かれている発達の目安を見ながら、
「そろそろ、これができる時期なのかな」
とよく確認していました。
初めての子育てです。
経験がないので、育児書に書かれた「標準」が、自分たちにとって一つの基準になっていたのだと思います。
ところが、次男が生まれたときは、育児書をほとんど読みませんでした。
長男を育てた経験があったからです。
子どもは育児書に書かれた通りの日程で成長するわけではない。
少しくらい早くても遅くても、それだけで一喜一憂する必要はない。
一人目の子育てを通して、私たち自身がそれを経験していました。
考えてみれば、子どもを他の子と比較したくなるのも、これと似ているのかもしれません。
この先どうなるのか分からないから、今いる場所を誰かと比べて確認したくなる。
親に経験がなければ、なおさらです。
でも、長い時間で子どもの成長を見るようになると、
「今、誰より早いか」よりも、「この子がこれからどう成長していくか」
のほうが大切なのだと、少しずつ分かってきました。
勉強では、他の子と比較することはほとんどない
息子たちの勉強について、私は他の子と比較することがほとんどありません。
クラスで何番なのか。
友達は何点だったのか。
ほかの子は塾に通っているのか。
どこまで先取りしているのか。
あまり気になりません。
おそらく、自分自身が大学受験まで経験しているからだと思います。
小学生のときに少しくらい勉強ができても、その後どうなるかは分かりません。
反対に、小学生の今、勉強がそれほど得意でなくても、中学、高校で伸びることはいくらでもあると思っています。
私自身も、ずっと順調だったわけではありません。
だから息子たちについても、
大学受験までの長い時間の中で、必要なときにある程度しっかり勉強できればいい。
そのくらいに考えています。
さらに言えば、大学に合格することが勉強のゴールでもありません。
大学に入ってからも学ぶことはあります。
社会人になれば、それまで知らなかったことを勉強しなければならない場面が何度もあります。
人生全体で考えれば、小学生のテストで友達より5点高かった、低かったという差は、ごく一時的なものです。
そう考えると、今の息子たちを他の子と比べて焦る理由が、私にはあまりありません。
「今、他の子よりできるか」ではなく、「必要になったときに自分で学べるか」。
勉強については、私はそちらのほうを大切にしています。
テストの点数についても、私は100点を取ること自体を目標にする必要はないと考えています。詳しくは、「小学生のテストは100点を取らなくていい|東大卒の父が『80点でも十分』と考える理由」で書いています。
ところが、スポーツになると他の子が気になる
勉強ではほとんど比較しない私ですが、スポーツになると話が変わります。
サッカーの試合を見れば、
「今日は何点決めたかな」
と思います。
走る競争をすれば、
「何位だったかな」
と順位が気になります。
先日、息子たちのサッカーの練習を見たときも、30m走や500m走の順位をしっかり見ていました。
なぜ、勉強では気にならないのに、スポーツでは気になるのか。
考えてみると、答えは単純です。
私自身が、息子たちのスポーツに期待しているからです。
親が期待している分野ほど、
「ほかの子よりできているか」
「どのくらいの位置にいるのか」
を確認したくなるのだと思います。
そう考えると、子どもを比較してしまうこと自体よりも、
「なぜ自分は比較しているのだろう?」
と親自身が考えてみることが大切なのかもしれません。
気になっても、息子たちには聞かない
ただ、私自身が順位やシュート数を気にしているからこそ、息子たちへの声のかけ方には注意しています。
サッカーから帰ってきた息子たちに、私から、
「今日は何点決めた?」
「何位だった?」
とは聞かないようにしています。
私が聞くのは、基本的に、
「楽しかった?」
ということだけです。
シュートを決めたことや順位について息子たちのほうから話してきたら、その時は話を聞きます。
親である私が結果を気にすることと、子どもに結果を求めることは別だと思っているからです。
「今日は何点取った?」
「何位だった?」
と毎回聞かれれば、子どもはいつの間にか、
「結果を出せば、お父さんは喜ぶ」
と感じるようになるかもしれません。
それは私が望んでいることではありません。
私自身は息子たちのスポーツに期待しています。
だからこそ、他の子と比較したくなる自分がいることも分かっています。
でも、その期待は親である私のものです。
親の期待を、そのまま子どもの目標にしない。
スポーツについては、特にそこを気をつけるようにしています。
妻は、勉強でもスポーツでも息子たちを褒める
妻は、私とは少し違います。
勉強でもスポーツでも、息子たちを他の子と比較して何かを言うことはほとんどありません。
基本的には、息子たちがやったことを褒めています。
その背景には、妻自身の子どものころの経験もあるのだと思います。
妻は、親からいろいろ言われることが多かったそうです。
好きでもないピアノを習うことを求められたり、自分の進路についても親の意向を強く感じたりした経験がありました。
そうしたことが嫌だったからでしょう。
自分の子どもたちには、できるだけ同じことをしないようにしています。
息子たちが、
「これをやりたい」
「これはやめたい」
と言ったときも、本人の選択を尊重します。
私はそばで見ていて、これは妻の子育てのとてもいいところだと感じています。
親には、自分の経験も期待もあります。
だから、
「こうしたほうがいい」
「こっちを選んでほしい」
と思うことはあります。
でも、それが子ども自身の希望と同じとは限りません。
親が考える正解を選ばせることと、子ども自身が選んだ道を応援することは違う。
妻を見ていると、そのことをよく考えさせられます。
今の比較で、子どもの将来を決めつけない
他の子と比べることで、分かることもあります。
走れば順位が出ます。
テストを受ければ点数が出ます。
スポーツなら、同じ学年でも上手な子とそうでない子がいます。
そうした違いまで見ないようにする必要はないと思います。
ただ、それはあくまで「今の時点での比較」です。
小学3年生で足が速かった子が、そのままずっと一番とは限りません。
小学生で算数が苦手だった子が、高校生になっても数学が苦手とは限りません。
実際、次男も九九を覚えるのは遅いほうで、二桁の引き算が分からなかった時期がありました。
それが今では、
「国語より算数のほうが得意なんだよな」
と言っています。
子どもはこれから成長します。
本人のやる気も変わります。
出会う先生や友達も変わります。
取り組む環境も変わります。
だから、今の順位や点数を見て、
「この子は勉強ができる」
「この子は運動が苦手」
と、親が早い段階で決めつける必要はありません。
比較は現在地を知る材料にはなっても、子どもの将来を決める材料ではない。
私は、そのくらいの距離で数字や順位を見るのがいいのではないかと思っています。
小学生の今の成績だけで、その後の学力まで決まるわけではないと考える理由については、「小学生の成績が悪いと将来も勉強ができない?東大卒の父が考える小学校の成績」でも詳しく書いています。
まとめ|比べるなら「他の子」より「以前のその子」
子どもを育てていれば、他の子が気になることはあります。
私自身、息子たちのスポーツでは、順位やシュート数がどうしても気になります。
だから、「他の子と一切比較してはいけない」と言うつもりはありません。
ただ、その比較を子どもへの評価にしないことは大切だと思っています。
勉強が何番なのか。
走るのが何番なのか。
サッカーが誰より上手なのか。
それは、長い成長過程の中の一時点にすぎません。
それよりも、
以前は分からなかったことが分かるようになった。
できなかったことができるようになった。
自分から挑戦するようになった。
そんな「以前のその子との比較」のほうが、成長を見るうえでは大切なのではないでしょうか。
長男が生まれたころ、私は育児書を読みながら「何か月で何ができるのか」を気にしていました。
次男のときには、ほとんど気にならなくなりました。
一人の子どもを育てた経験から、子どもはそれぞれのペースで成長すると実感していたからだと思います。
勉強もスポーツも同じです。
今の点数や順位だけで、その子の将来は分かりません。
本人のやる気も、成長する時期も、これから出会う環境も変わっていきます。
親自身に期待があることを認めながらも、その期待を子どもに背負わせない。
そして、
「他の子よりできたか」ではなく、「この子自身がどう成長したか」を見る。
私も、そんな距離感で息子たちを見ていきたいと思っています。


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