「東大に入るような子は、親も高学歴で、裕福な家庭で育っている」
そんなイメージを持っている人は多いと思います。
実際、東大生の家庭について調べると、親の学歴や世帯年収が高いというデータを目にすることがあります。
では、親が高学歴ではなく、経済的にも恵まれた家庭でなければ、東大を目指すのは難しいのでしょうか。
少なくとも、私の家庭はそうではありませんでした。
私は中国地方の田舎で育ちました。
両親はともに高卒です。
高校まで地元の公立学校に通い、塾にも通っていませんでした。
家に特別な受験情報があったわけでも、親が大学受験の戦略を立ててくれたわけでもありません。
それでも私は、一浪した後、東京大学に合格しました。
もちろん、私一人の経験だけで、
「親の学歴も年収も東大合格には関係ない」
と言うつもりはありません。
家庭環境によって、子どもが得られる教育機会に差があることも事実でしょう。
ただ、統計上の「傾向」と、一人ひとりの子どもの「可能性」は別の話です。
この記事では、決して教育熱心な高学歴家庭で育ったわけではない私自身の経験から、親の学歴や収入と、子どもの進路について考えてみたいと思います。
私の両親は二人とも高卒だった
私の両親は、二人とも高卒です。
父は昭和15年生まれ、母は昭和19年生まれ。
私が育ったのは、中国地方の田舎町でした。
家は山の中にある平屋で、当時は五右衛門風呂、くみ取り式のトイレ、井戸水という生活でした。
姉が二人いますが、長女は短大卒、次女は高卒です。
つまり、私が育った家庭は、
「子どもを難関大学へ進学させることを前提にした家庭」
ではまったくありませんでした。
親から、
「将来は東大へ行きなさい」
と言われたこともありません。
中学受験もしませんでした。
小学校、中学校、高校と、地元の公立学校に進みました。
高校を卒業するまで塾にも通っていません。
私が東京大学を意識するようになったのは、もっと後のことです。
今振り返ると、少なくとも私の場合、親の学歴によって進学先が決まっていたわけではありませんでした。
両親が大学を出ていなくても、子どもである私は大学へ進み、最終的には東京大学に進学しました。
家庭の学歴が、そのまま子どもの進学先になるわけではない。
私自身が、その一つの例だと思っています。
経済的に恵まれた家庭でもなかった
私の家庭は、経済的に余裕のある家庭でもありませんでした。
当時の我が家の年収は、400万円以下だったと思います。
父と母は働きながら、私を含めて3人の子どもを育てていました。
先ほど書いたように、住んでいたのは山の中の平屋です。
五右衛門風呂に、くみ取り式のトイレ。水は井戸水でした。
今振り返っても、
「教育にいくらでもお金をかけられる家庭」
とは、かなり遠い環境だったと思います。
当然、小学生の頃から高額な塾へ通ったり、中学受験のための受験勉強をしたりすることもありませんでした。
高校まで地元の公立学校です。
私が初めて本格的に予備校へ通ったのは、現役で東大受験に失敗し、浪人することになってからでした。
だから、私自身の経験だけを見れば、
「東大に入るには、幼い頃から教育に多額のお金をかけなければならない」
とは、とても思えません。
ただし、ここで誤解してほしくないことがあります。
私は、
「お金は教育に関係ない」
と言いたいわけではありません。
経済的に余裕があれば、塾や教材、習い事、さまざまな体験など、子どもに与えられる選択肢が増えるのは確かだと思います。
それでも、お金をかけられることと、子どもの進路が決まることは同じではありません。
少なくとも私は、お金をかけた早期教育によって東大に入ったわけではありませんでした。
では、私の家庭には何があったのか
親は高卒。
家計にも大きな余裕はない。
塾にも行っていない。
こう書くと、
「では、なぜ東大に入れたのか」
と思うかもしれません。
もちろん、これ一つが理由だったと言えるものはありません。
ただ、自分の子ども時代を振り返ってみると、お金では測れない家庭環境はあったように思います。
母は本を読むことが好きでした。
本をたくさん買うわけではなく、図書館を利用して、今でも一日中本を読んでいるような人です。
家には百科事典もありました。
学研の教材もありましたが、前の記事で書いたように、私は勉強部分にはほとんど興味を示さず、付録の工作ばかりしていました。
それでも、親から無理に勉強させられた記憶はありません。
漫画を描く。
外で遊ぶ。
ソフトボールをする。
興味を持ったことを、自分でやる。
そんな時間がたくさんありました。
そして、進路についても親が先回りして決めることはありませんでした。
東大を目指したのも、親に言われたからではありません。
振り返ってみると、私の家庭にあったのは、
「子どもを東大に入れるための教育環境」ではなく、「子どもが自分で育っていける環境」だったのかもしれません。
高価な教材や塾はなくても、興味を持てるものが身近にあり、自分で考えたり、好きなことに夢中になったりする自由があった。
今、自分が親になってみると、そういう環境にも大きな価値があったのではないかと思っています。
私が実際にどんな小学生時代を過ごしていたのかは、こちらの記事で詳しく書いています。
→ 東大卒の私が小学生時代にやっていたこと|塾なし・先取り学習なしの子ども時代
高卒だった母が、私の勉強を細かく管理することなく、どのように私と接していたのかについてはこちらの記事で詳しく書いています。
→ 東大卒の私が、高卒の母から学んだ子育て|子どもを伸ばす「親の言葉」
親の学歴や年収が「まったく関係ない」とは思わない
ここまで私自身の家庭について書いてきました。
ただ、私が地方の決して裕福ではない家庭から東大に入ったからといって、
「親の学歴や年収なんて、子どもの進学にはまったく関係ない」
と言うつもりはありません。
実際、家庭の経済状況によって、大学などへの進学機会に差があることは公的な調査でも指摘されています。
これは考えてみれば当然の面もあります。
経済的な余裕があれば、塾や教材、習い事など、子どもに用意できる選択肢は増えます。
親自身に大学受験の経験があれば、大学の選び方や受験について、子どもに伝えられることも多いでしょう。
こうした違いまで、
「本人の努力次第だから関係ない」
と片付けるのは違うと思います。
一方で、私が伝えたいのは別のことです。
統計上「有利である」ことと、その条件がなければ難関大学へ行けないことは、同じではありません。
私の両親は二人とも高卒でした。
経済的にも余裕のある家庭ではありませんでした。
それでも私は、地元の公立学校で育ち、自分で東大を目指すようになり、一浪して合格しました。
私一人の経験で統計を否定することはできません。
しかし同時に、統計だけを見て、
「うちにはお金がないから」
「親が高学歴ではないから」
と、子どもの可能性まで最初から決める必要もないと思っています。
家庭環境は、子どもの進路に影響する一つの要素です。
でも、それが子どもの将来をすべて決めるわけではない。
私は自分自身の経験から、そう考えています。
親がお金をかけることより、大切だと思うこと
私は、教育にお金をかけることを否定するつもりはありません。
必要なときに塾へ行くことも、子どもが興味を持った習い事をさせることも、家庭に余裕があればさまざまな体験をさせることも、意味があると思います。
実際、家庭の経済状況によって進路の選択肢に差が生まれることはあります。文部科学省も、経済的な理由によって進学を断念することがないよう、さまざまな修学支援を行っています。
ただ、自分自身の経験と、今二人の子どもを育てている経験から思うことがあります。
教育費をたくさんかけることと、子どもが自分から学ぶようになることは、必ずしも同じではない。
ということです。
塾に入れることはできます。
教材を買うこともできます。
習い事をたくさん用意することもできます。
でも、
「もっと知りたい」
「やってみたい」
「自分でできるようになりたい」
という気持ちそのものを、お金で買うことはできません。
私の両親は、東大受験の方法を教えることはできませんでした。
その代わり、私が漫画を描いていても、学研の付録で工作をしていても、それをやめさせて勉強に向かわせるようなことはしませんでした。
そして、進路についても私自身に考えさせてくれました。
だから今、親として私が大切にしたいのは、
「子どもにいくら教育費をかけるか」より、「子どもが自分で考え、自分で選べる環境をどうつくるか」
です。
親の学歴や年収は、子どもが育つ環境の一部ではあります。
でも、それだけでは測れない家庭環境もある。
私は、自分が育った家庭からそう教わったように思います。
まとめ|親の学歴や年収だけで、子どもの可能性は決まらない
私は中国地方の田舎で育ちました。
両親は二人とも高卒です。
経済的に余裕のある家庭でもなく、高校まで地元の公立学校に通い、塾にも通っていませんでした。
それでも、一浪した後に東京大学へ進学しました。
もちろん、これは私一人の経験です。
親の学歴や家庭の経済状況が、子どもの教育にまったく影響しないと言うつもりはありません。
経済的な余裕があれば、塾や習い事、さまざまな体験など、子どもに与えられる選択肢は増えます。
親に大学受験の経験があれば、その知識を子どもに伝えることもできます。
有利な環境があることは、確かに有利です。
でも、
「有利ではない」ことと「できない」ことは違います。
親が高卒だから。
家にお金がないから。
地方に住んでいるから。
塾に通わせられないから。
そうした理由だけで、子どもの将来まで親が決めてしまう必要はないと思います。
私の両親は、東大への道を用意してくれたわけではありません。
その代わり、私が興味を持ったことを邪魔せず、進路を先回りして決めず、自分で考える余地を残してくれました。
結果として私は、自分で東大を目指し、自分で受験し、失敗し、一浪して合格しました。
今、二人の息子を育てながら思います。
親にできることは、子どもの将来の正解をすべて用意することではない。
子どもが自分で進みたい方向を見つけたときに、そこへ進めるよう支えること。
それなら、親の学歴や年収に関係なく、できることはたくさんあるのではないでしょうか。
参考資料
文部科学省「高等教育の修学支援新制度」
家庭の経済状況にかかわらず、進学意欲のある学生が大学等へ進学する機会を確保するため、授業料・入学金の減免や給付型奨学金による支援を行っています。


コメント