「東大を目指すなら、やはり塾や予備校に通わなければ難しいのだろうか」
「地方の公立高校から、塾なしで東大を目指すことはできるのか」
そう考える人もいると思います。
私は一浪して東京大学に合格しました。
浪人した一年間は予備校に通っています。
ですから、「完全な塾・予備校なしで東大に合格した」と言うつもりはありません。
ただし、小学生から高校卒業まで、私は一度も塾に通っていませんでした。
地方の公立小学校、公立中学校、公立高校。
現役時代までは、学校の授業と教科書を中心に勉強しました。
そして浪人して初めて予備校へ通い、一年間勉強して東大に合格しました。
その両方を経験したからこそ、私は、
「東大に合格するために、塾へ通うことが必須ではない」
と考えています。
では、塾なしでどこまで勉強できるのか。そして、実際に予備校へ通って分かった「塾の本当の価値」とは何だったのか。
私自身の経験から書いてみます。
第1章 高校卒業まで一度も塾に通わなかった
私は地方の公立小学校、公立中学校、公立高校で育ちました。
小学生から高校を卒業するまで、塾に通ったことは一度もありません。
中学受験もしていません。
勉強の中心にあったのは、学校の授業と教科書でした。
そして高校3年生で東京大学を受験しましたが、現役では不合格。
一浪することになり、そこで初めて予備校へ通いました。
つまり私は、
「高校まで塾に通わず勉強した経験」と「予備校で一年間勉強した経験」の両方があります。
そのうえで感じているのは、東大受験において塾や予備校は非常に役立つものではあっても、必ずしも「通わなければ合格できないもの」ではないということです。
なぜなら、大学受験で問われる内容そのものは、基本的に学校で学ぶ内容の延長線上にあるからです。
第2章 大学受験は中学受験とは少し違う
中学受験では、学校では扱わない特殊算などを学ぶことがあります。
そのため、中学受験をする家庭にとって塾が大きな役割を果たすことは理解できます。
一方、大学受験は少し事情が違います。
東大入試だからといって、高校でまったく習わない特別な知識だけが出題されるわけではありません。
高校までに学ぶ内容を使って、より深く考えることが求められます。
私自身、東大受験を経験して感じたのは、
難しいのは「特別な知識をどれだけ知っているか」ではなく、「基礎をどれだけ深く理解し、自分で考えられるか」だということです。
難しい問題が解けないと、つい新しい参考書や難しい教材に手を出したくなります。
しかし、本当に理解できていない部分があるなら、一度基本に戻った方がいい。
私は浪人して予備校へ通ってからも、何度も教科書へ戻りました。
そして、この経験から「予備校の価値とは何なのか」についても考えるようになりました。
第3章 実際に予備校へ通って分かったこと
浪人して初めて予備校へ通ったとき、私はテキストを見て驚きました。
本当によくできていたからです。
「さすが、受験のプロが作った教材だ」
そう思いました。
授業も、入試で重要なポイントが整理されていて、自分一人で勉強するより効率的だと感じることがありました。
しかし、一年間予備校で学んで、もう一つ感じたことがあります。
教科書に載っていない「東大合格のための魔法の知識」があるわけではない。
ということです。
予備校の問題を解いていて分からなくなれば、私は何度も高校の教科書へ戻りました。
問題を解く。
分からなければ教科書へ戻る。
基本を確認する。
もう一度問題を解く。
その繰り返しです。
予備校に通ったことで、「難しい教材だけをやれば東大に受かる」のではなく、結局は基礎を理解することが重要なのだと、むしろ強く感じるようになりました。
第4章 私が感じた塾・予備校の最大の価値
では、塾や予備校には価値がないのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
私自身、一年間予備校に通って大きな恩恵を受けました。
特に価値があると感じたのは、
「いつまでに、何を、どのくらいやればいいのか」という道筋を示してくれることです。
一人で受験勉強をしていると、
「この勉強方法で本当にいいのか」
「次は何をやればいいのか」
「この時期にどこまで終わっていればいいのか」
と迷うことがあります。
塾や予備校には、長年蓄積してきた受験情報があります。
カリキュラムがあり、教材があり、模試があり、講師がいます。
その意味で、塾や予備校は受験までの**「道案内」**をしてくれる存在だと思います。
道案内が必要な人にとっては、大きな価値があります。
一方で、自分で現在地を把握し、必要な勉強を考え、計画を立てて実行できる人なら、必ずしも同じ形のサポートが必要とは限りません。
つまり大切なのは、
「塾へ行くか、行かないか」そのものではなく、「自分に何が必要なのか」を考えること。
私はそう考えています。
第5章 塾なしで勉強するなら大切なこと
塾に通わずに大学受験を目指すなら、何が大切なのでしょうか。
私は、「自分で考えて勉強する力」だと思っています。
学校の授業をしっかり聞く。
分からないところがあれば、教科書に戻る。
基本問題を解く。
間違えたら、なぜ間違えたのかを考える。
そして、もう一度解く。
当たり前のことばかりです。
しかし、受験勉強では、この当たり前を繰り返すことが重要だと思います。
今は私が受験した時代とは違い、参考書だけでなく、インターネット上にもさまざまな学習情報があります。
だからこそ、「情報が足りない」ことよりも、情報が多すぎて迷ってしまうことの方が問題になる場合もあるでしょう。
新しい勉強法を次々に探すより、
今の自分には何が足りないのかを考え、必要なことを実行する。
その力は、塾に通う場合でも、通わない場合でも大切だと思います。
第6章 受験で分析すべきなのは、他人ではなく自分
受験は競争です。
最終的には、同じ大学を受験する人たちの中から合格者が決まります。
しかし、勉強そのものは、常に他人との戦いだとは私は考えていません。
サッカーなら、相手チームを分析します。
相手の強みや弱点を調べ、どう戦えば勝てるのかを考えます。
しかし、受験勉強で最も詳しく分析すべき相手は、他の受験生ではありません。
自分自身です。
自分は何が苦手なのか。
何が得意なのか。
なぜこの問題を間違えたのか。
どこまで理解できていて、どこから理解できていないのか。
次に何を勉強すれば、一番伸びるのか。
そこを見極める。
模試の順位を見て一喜一憂するだけではなく、結果を使って自分の弱点を見つける。
他人より何点高いかではなく、昨日の自分に足りなかったものを一つずつ埋めていく。
その積み重ねが、最終的には合格につながるのだと思います。
まとめ|「塾に行くか」より「自分で学べるか」
私は、塾や予備校を否定するつもりはありません。
私自身、浪人時代には予備校へ通い、質の高い教材や授業、受験までの道筋を示してもらいました。
塾や予備校を利用することで、大きく伸びる人もいるでしょう。
一方で、私は高校卒業まで一度も塾に通わず、地方の公立学校で学びました。
その両方を経験したからこそ、
「東大に行きたいなら、とにかく塾へ行かなければならない」
とは考えていません。
塾は目的ではなく、必要に応じて利用する手段の一つです。
自分は何が分からないのか。
何を勉強すべきなのか。
どうすればできるようになるのか。
それを自分で考え、試し、失敗したら修正する。
私が息子たちに身につけてほしいのも、そういう力です。
社会に出れば、いつも誰かが正解や進むべき道を教えてくれるわけではありません。
成功する保証がなくても、自分で考え、自ら動き、失敗したらもう一度挑戦する。
「塾に通ったかどうか」よりも、「自分で学び続けられるかどうか」。
長い目で見れば、私はそちらの方が大切だと思っています。
東大受験について私が感じている「10の誤解」は、こちらの記事にまとめています。


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