「学校の宿題だけで、本当に大丈夫なのだろうか?」
小学生の子どもを持つと、そんな心配をすることがあるかもしれません。
周りを見ると、学校の宿題とは別に、市販のドリルをしたり、通信教育をしたり、塾に通ったりしている子もいます。
では、学校から言われなくても、自分から勉強する「自主学習」は、小学生のうちから必要なのでしょうか。
わが家には、小学5年生と小学3年生の息子がいます。
二人とも、宿題以外の勉強はほとんどしていません。
最近は学童で宿題を済ませてくることも多く、家でするのは音読くらいです。
妻が市販のドリルを買って渡すことはあります。
子どもが何か欲しいものを買う時に「ドリルを5冊やる」と約束することもあります。
ところが、実際にはほとんどやりません。
それでも私たちは、毎日「自主学習をしなさい」と言って勉強させてはいません。
私自身も、小学生の頃は塾にも公文にも通わず、家庭で特別な勉強をした記憶はほとんどありません。基本的には学校の宿題だけでした。その後、地方の公立中学、公立高校を経て、一浪して東京大学に進みました。
もちろん、私自身の経験だけで「自主学習は必要ない」と言うことはできません。
ただ、小学生の時点で、学校の宿題以外にも毎日勉強しなければ将来困る、とも私は考えていません。
小学生の自主学習は、本当に必要なのか。
この記事では、宿題以外ほとんど勉強していないわが家の息子たちの様子と、私自身の経験から考えてみます。
宿題をしているのに、なぜさらに勉強させるのか
わが家の息子たちが宿題以外の勉強をほとんどしていないのは、私自身の経験も影響しています。
私は小学生の頃、基本的に学校の宿題しかしていませんでした。
塾にも通っていませんでしたし、家庭で市販の問題集を何冊も解いたり、先取り学習をしたりした記憶もありません。
中学生になってからも、大きくは変わりませんでした。
基本は学校の宿題と、学校で使う問題集です。
特別に難しい問題集を自分で探してきて解くようなこともしていませんでした。
中学3年生になって、数学の先生から勧められた少し難しい問題集を学校で購入して取り組んだくらいです。
そもそも当時の私は、大きな本屋へ行って参考書や問題集を探したことさえありませんでした。
今は、小学生向けの教材がたくさんあります。
書店へ行けばドリルが並び、通信教育もあり、インターネットを見れば「先取り」「思考力」「中学受験」といった情報が次々に出てきます。
それを見ると、学校の宿題だけでは足りないような気持ちになる親もいると思います。
わが家の家庭学習については、こちらの記事でも詳しく書いています。
「小学生の家庭学習は宿題だけで大丈夫?東大卒の父が考える家庭学習」
でも私は、そこで一度考えたくなります。
学校から出された宿題をきちんとやっている子に、なぜさらに、本人がやりたくもない勉強をさせなければならないのだろう。
もちろん、自分から「もっと算数をやりたい」「この問題集をやってみたい」と言うのであれば、やればいいと思います。
苦手なところがあって、補う必要がある場合もあるでしょう。
でも、特に困っているわけでもなく、本人も望んでいない。
それでも「みんなやっているから」「宿題だけでは不安だから」という理由で、毎日さらに勉強を追加する必要があるのか。
私は、そこには少し疑問を感じています。
宿題だけで本当に大丈夫?わが家の息子2人の場合
では、本当に宿題だけで大丈夫なのでしょうか。
わが家の息子たちを見る限り、今のところ「宿題以外の勉強をさせなければ困る」と感じることはありません。
小学5年生の長男も、小学3年生の次男も、家庭では宿題以外の勉強をほとんどしていません。
妻が市販のドリルを買ってくることはあります。
子どもたちが何か欲しいものを買うときに、「じゃあドリルを5冊やろう」と約束することもあります。
ところが、実際にはほとんど進みません。
だからといって、親が横について毎日やらせることもしていません。
それでも長男は、現在、学校の算数では上のクラスにいます。以前の個人面談では、先生から「塾に行っていないのに成績がいいですね」という話もありました。
次男は、以前は算数で苦労することもありました。引き算や掛け算がうまくできず、テストでも半分くらいしかできないことがありました。
そのときは、分からないところを妻に聞いていました。
その後、少しずつできるようになり、今は算数の上のクラスに入り、テストも8割くらい取れるようになっています。
ここで言いたいのは、「自主学習をしなければ成績が上がる」ということではありません。
反対に、「宿題だけやっていれば、誰でも大丈夫」と言うつもりもありません。
子どもによって、得意不得意も、理解する速さも違います。
ただ、少なくともわが家では、
「毎日、宿題以外にも勉強させなければならない」
という必要性は、今のところ感じていません。
分からないことが出てきたら、そのときに助ける。
苦手なところがあれば、そのときに少し補う。
私は、それくらいでもいいのではないかと思っています。
親に言われてやる勉強は「自主学習」なのか
「自主学習」という言葉には、少し不思議なところがあります。
本来、自主学習とは、子どもが自分から「これを勉強したい」「もっと知りたい」と思って取り組むものではないでしょうか。
ところが、
「今日は自主学習を30分やりなさい」
「宿題が終わったら、このドリルもやりなさい」
と親が決めてしまえば、それは本当に「自主学習」なのだろうか、と私は思います。
もちろん、親が勉強するきっかけを作ることまで否定するつもりはありません。
わが家でも、妻が市販のドリルを買ってくることがあります。
でも、子どもがやりたがらないものを、毎日の習慣として無理に続けさせることはしていません。
私は、自主学習をすることそのものより、自分で「やってみたい」と思うことのほうが大切だと考えています。
それは勉強でなくてもいいと思います。
本を読む。漫画を描く。外で遊ぶ。サッカーをする。友達と遊ぶ。ゲームをする。
子どもが自分で選んで夢中になる時間には、それぞれ意味があります。
小学生の放課後の時間には限りがあります。
学校へ行って、宿題もやった。
そのうえで残った時間まで、大人が「将来のため」と考えて勉強で埋める必要があるのか。
私はそうは思っていません。
自主学習をさせることより、子どもが自分で使える時間を残しておく。
わが家では、そちらを大切にしています。
だからといって、勉強を放っておけばいいわけではない
ここまで書くと、
「では、子どもの勉強は全部本人任せでいいのか」
と思われるかもしれません。
私は、そういうことでもないと思っています。
大切なのは、宿題以外の勉強を毎日追加することと、子どもの学習状況を見ることは別だということです。
わが家でも、学校の勉強についていけているかどうかは見ています。
テストの点数が悪かったり、宿題で何度も同じところにつまずいたりすれば、「ここが分かっていないのかな」と気づくことができます。
次男が引き算や掛け算で苦労したときも、分からないところは妻に聞いていました。
必要なときには、親が助ければいい。
でも、それと「毎日30分は自主学習」「このドリルを毎日2ページ」と決めることは違います。
私自身も、小学生から中学生まで、基本的には学校の宿題と学校の勉強が中心でした。
それでも、学校の授業をきちんと聞き、宿題をして、分からないところを理解していけば、学習内容は身についていきました。
私は、勉強量を増やす前に、まず学校で習っていることが理解できているかを見るほうが大切だと思っています。
学校の内容で困っていない子なら、宿題が終わったあとまで、必ず追加の勉強をさせる必要はない。
反対に、学校の内容で困っているなら、「自主学習をしなさい」と言うだけではなく、どこでつまずいているのかを一緒に見てあげる。
わが家では、そんな距離感で十分だと考えています。
自主学習の習慣は、親がやらせて身につくものなのか
「小学生のうちから自主学習の習慣をつけたほうがいい」
という考え方もあると思います。
小学生の「勉強習慣」については、こちらの記事でもわが家の考えを書いています。
「小学生に毎日の勉強習慣は必要?東大卒の父が考える家庭学習」
でも私は、少し違う考えを持っています。
自主学習の習慣は、親がやらせることで身につくものなのだろうか。
そもそも自主学習とは、自分で必要だと思って、自分から取り組むものではないでしょうか。
このことを考えるとき、息子たちが通っているサッカーチームのコーチの言葉を思い出します。
このチームでは、ドリブルやパス、シュートといった技術を細かく教えることをほとんどしません。
チーム分けやポジション、戦い方まで、できるだけ子どもたち自身に考えさせます。
私は以前、もっと強いチームに入れたほうがいいのではないか、自主練をさせたほうがいいのではないか、と考えたことがありました。
ところが、プロサッカー選手を本気で目指した経験を持つコーチ自身は、自分の息子さんにサッカーを教えていませんでした。
息子さんが小学4年生でサッカーチームに入ったときも、ルールを知らなかったのでルールブックを渡しただけだったそうです。
コーチが大切にしていたのは、親が無理にやらせるのではなく、本人がやりたいと思うことでした。
私は、勉強も同じではないかと思います。
親が毎日ドリルを用意して、
「自主学習を30分やりなさい」
と言えば、勉強する習慣そのものはつくかもしれません。
でも、それは「自分で必要だと思って勉強する習慣」と同じではありません。
小学生の間は宿題だけだった子でも、中学生、高校生になって、自分に必要な勉強が見えてくれば、自分から勉強することはできます。
私自身もそうでした。
小学生の頃から自主学習を続けていたから、後に勉強するようになったわけではありません。
必要になったときに、自分で考えて取り組む。
それこそが、本来の自主学習なのではないかと私は思っています。
親ができるのは、すべてを先回りしてやらせることではなく、必要になったときに子どもが動ける環境を用意しておくこと。
サッカーでも勉強でも、最後に取り組むのは本人です。
親がするのは「勉強を増やすこと」ではなく、必要なときに支えること
では、親は何もしなくていいのでしょうか。
私は、そうは思っていません。
ただ、親の役割は、子どもの勉強量を増やすことではないと思っています。
学校の授業についていけているか。
宿題で困っていないか。
テストを見て、分かっていないところはないか。
子どもが「分からない」と言ったときに、一緒に考えられるか。
そうしたことを見ておけばいいのではないでしょうか。
親が子どもの勉強にどこまで関わるかについては、こちらの記事でも詳しく考えています。
「小学生の勉強に親はどこまで関わる?東大卒の父が考える親のサポート」
そして、本人が何かをもっと勉強したいと思ったときには、問題集を買ったり、通信教育を探したり、必要なら塾を考えたりすればいい。
先に勉強を用意してやらせるのではなく、必要になったときに選択肢を用意する。
私は、それが親にできることだと思っています。
子どもが自分から動き始める時期は、それぞれ違います。
小学生のうちから自主的に勉強する子もいるでしょう。
それなら、もちろん応援すればいい。
一方で、学校の宿題を終えたら、友達と遊びたい子もいます。サッカーをしたい子も、ゲームをしたい子も、本を読みたい子もいるでしょう。
そういう時間まで「将来困るから」と勉強で埋めなくてもいいと、私は考えています。
自主学習をさせることより、いつか本人が「勉強しよう」と思ったときに、自分で動けること。
わが家では、そちらを大切にしたいと思っています。
まとめ|自主学習は「やらせるもの」ではない
わが家の小学5年生と小学3年生の息子は、学校の宿題以外の勉強をほとんどしていません。
市販のドリルを渡すことはありますが、ほとんど進まないこともあります。
それでも私は、毎日決まった時間に自主学習をさせようとは思っていません。
私自身、小学生の頃は基本的に学校の宿題だけでした。
中学生になってからも、中心だったのは学校の授業、宿題、学校で使う問題集です。
それでも、必要になれば勉強するようになりました。
だから私は、
「小学生のうちに自主学習を習慣化させなければ、将来自分から勉強できなくなる」
とは考えていません。
自主学習とは、本来、親から言われてするものではなく、本人が「必要だ」「もっと知りたい」「できるようになりたい」と思って取り組むものではないでしょうか。
もちろん、学校の勉強でつまずいているなら、親が助ける必要はあります。
自分からもっと勉強したい子なら、教材や環境を用意してあげればいいと思います。
でも、学校で勉強して、宿題もやっている。
そのうえで本人が望んでもいない勉強を、親の不安からさらに追加する必要はない。
私はそう考えています。
親ができることには限界があります。
サッカーをするのも子ども自身。
勉強するのも子ども自身。
親ができるのは、必要なときに支え、本人が動き出したときに応援できる環境を用意すること。
小学生の今は、宿題が終わったあとの時間まで大人がすべて決めなくてもいい。
自分で何をするかを決められる時間を残しておくことも、「自主的に学ぶ子」に育つために大切なのではないか。
私は、息子たちを見ながらそう考えています。

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