「子どもの足を速くするには、走り方を直したほうがいいのだろうか。」
子どもが走っている姿を見ていると、気になることがあります。
腕の振り方。
足の運び方。
姿勢。
親から見ると、
「もう少しこう走れば速くなるのに」
と、つい口を出したくなることもあります。
私も最近、小学3年生の次男がサッカーチームで30メートル走をしている姿を見て、気になることがありました。
胸を突き出し、頭を後ろにそらすようにして走っていたのです。
私は、
「それじゃあ速く走れないよな。昔はもっときれいな走り方だったのに、どうしたんだろう?」
と思いました。
次男は、幼稚園のころから走るのが速い子でした。
小学校でもリレーの選手になり、運動することが好きです。
だからこそ、以前とは違う走り方が余計に気になりました。
「姿勢をこうしなさい」
「もっと前傾して走りなさい」
と教えればいいのかもしれません。
でも私は、すぐには細かく直しませんでした。
するとその後、次男自身が走りながらいろいろ試したようで、
「パパ、体を前に倒して走ると速く走れるよ」
と言いました。
私はその言葉を聞いて、
「自分で気づいたんだ」
と思いました。
もちろん、走り方は走る速さと無関係ではないでしょう。
必要なら専門家から教わることにも意味があると思います。
でも子どもの走り方を見ていると、
大人が正しいフォームを教えることだけが、子どもを伸ばす方法なのだろうか
とも思います。
自分で走る。
うまくいかない。
少し変えてみる。
「こっちのほうが速い」と気づく。
そんな試行錯誤にも、大切な意味があるのではないでしょうか。
この記事では、息子の走り方が変わったことをきっかけに、
子どもの足の速さと走り方、そして親がどこまでフォームに口を出すべきなのか
について考えてみたいと思います。
幼稚園のころは、きれいなフォームで走っていた
次男は、幼稚園のころから走るのが速い子でした。
運動会ではリレーのアンカーを走り、サッカーでもよく走っていました。
当時の走り方を見ていて、
「フォームを直したほうがいい」
と思った記憶はほとんどありません。
特別に走り方を教えたこともありませんでした。
走り方教室に通わせていたわけでもありません。
公園で遊ぶ。
鬼ごっこをする。
サッカーをする。
そんな日常の中で、自然に走っていました。
ところが小学3年生になった次男の30メートル走を見て、私は違和感を覚えました。
胸が前に出て、頭が後ろにそっている。
体全体が少し後ろに残っているように見えました。
「昔はもっと自然に走っていたのに」
と思いました。
ここで私が興味深いと思ったのは、
一度身についたように見えた走り方でも、成長する途中で変わることがある
ということです。
子どもの体は成長します。
身長も伸びる。
筋力も変わる。
いろいろなスポーツを経験して、体の使い方も変わっていきます。
だから、一時的に走り方がぎこちなく見えることがあっても不思議ではないのかもしれません。
そして私は、
「フォームが崩れた。すぐ直さなければ」
とは考えませんでした。
少し様子を見てみようと思ったのです。
すると、次男は自分で走りながら、走り方を変え始めました。
「体を前に倒すと速く走れる」と自分で気づいた
私は次男の走り方が気になりましたが、すぐに細かくフォームを直そうとはしませんでした。
「頭を下げなさい」
「もっと前傾しなさい」
「腕はこう振りなさい」
そんなふうに、一つ一つ教えることもしませんでした。
すると、しばらくして次男が自分から言いました。
「パパ、体を前に倒して走ると速く走れるよ」
私は少し驚きました。
私が教えたわけではありません。
次男なりに走りながら、
「どうすれば速く走れるんだろう」
と試していたのでしょう。
体の角度を変えてみる。
走ってみる。
さっきより速く感じる。
また試してみる。
その中で、自分なりの感覚をつかんだのだと思います。
私は、この経験がとても面白いと思いました。
もし最初に私が、
「その走り方はダメ。こうやって走りなさい」
と全部教えていたら、次男は言われた通りに走ったかもしれません。
それでフォームが良くなった可能性もあります。
でも今回は、自分で違いを感じ、自分で走り方を変えた。
私は、こちらにも大きな価値があると思っています。
子どもは、大人から教わることで成長します。
でも、それだけではありません。
自分でやってみる。
うまくいかなければ変えてみる。
そして、
「こうすると、うまくいく」
と自分で発見する。
走ることに限らず、こうした経験を何度もすることが、子どもが自分で考える力につながっていくのではないでしょうか。
では、親は子どもの走り方を直さないほうがいいのか?
今回、私は次男の走り方が気になっても、すぐには直しませんでした。
でも、
「子どもの走り方には、親は一切口を出さないほうがいい」
と言いたいわけではありません。
例えば、本人が、
「もっと速く走りたい」
「どうやって走ればいいの?」
と聞いてきたら、一緒に考えればいい。
親では分からないことなら、学校の先生やスポーツの指導者など、詳しい人に聞く方法もあります。
また、体に痛みが出ているなど心配なことがあれば、ただ見守ればいいという話でもありません。
大切なのは、
大人が気づいた瞬間に、すべて正しい形に直そうとしないこと
ではないかと思います。
子ども自身は、まだ試している途中かもしれません。
走ってみる。
うまくいかない。
少し変える。
また走ってみる。
その時間まで大人が奪う必要はないと思います。
これは勉強でも同じです。
子どもが問題を考えている途中で、親がすぐに答えや解き方を教えれば、早く正解にはたどり着けます。
でも、自分で考えて、
「あ、分かった」
となる経験は減ってしまいます。
私は、子どもが困っているときには助けたいと思います。
一方で、困る前からすべて教えてしまう必要もないと思っています。
まず、自分でやってみる。
必要になったら、大人が支える。
次男の走り方を見ながら、そんな距離感でいいのではないかと思いました。
足を速くするために「正しいフォーム」だけを追わなくてもいい
子どもの足を速くしたいと思ったら、
「正しい走り方を身につけさせよう」
と考えるのは自然なことだと思います。
姿勢。
腕の振り方。
足の運び方。
スタートの仕方。
走る動作には、いろいろなポイントがあります。
それを専門家に教えてもらうことにも意味があるでしょう。
ただ、私は小学生の段階では、きれいなフォームを完成させることだけを目標にしなくてもいいと思っています。
次男も、走り方を専門的に習ってきたわけではありません。
幼稚園のころから、サッカーをする。
鬼ごっこをする。
公園を走り回る。
友達と競争する。
そんなことを繰り返してきました。
つまり、
「速く走るための練習」より、「走ることそのもの」をたくさん経験してきた
ということです。
その中で、自然に速く走れるようになった部分もあるでしょう。
そして今回のように、一時的にフォームが崩れて見えることもあります。
でも、そこで大人がすぐに、
「正しい走り方はこれ」
と完成形を与えなくても、子ども自身が走りながら修正することがあります。
もちろん、本格的に陸上競技に取り組むようになれば、専門的な指導が必要になる場面もあるでしょう。
でも、普通の小学生が、
「もっと速く走りたい」
という段階なら、私はまず、
たくさん走る。競争する。遊ぶ。そして自分の体の使い方を試す。
そんな経験を十分にしてほしいと思っています。
正しいフォームを教えることと、子ども自身が体の使い方を発見すること。
どちらか一方ではなく、成長に合わせて両方あればいい。
私は次男を見ながら、そう考えるようになりました。
次男を含め、わが家の息子2人がどんな外遊びをしてきたのかは、こちらの記事に詳しく書いています。
→ 子どもの運動神経を良くする外遊びとは?100か所以上の公園と放課後遊びで分かったこと
息子2人の運動経験や、新体力テストで2人ともA評価になったことについては、こちらの記事にまとめています。
→ 子どもの運動神経を良くするには?息子2人が新体力テストA評価になるまでにやったこと
まとめ|走り方も、子ども自身が気づく時間を大切にしたい
次男の走り方を見たとき、私は最初、
「昔はもっときれいに走っていたのに」
と思いました。
親としては、気づいたところをすぐに直してあげたくなります。
でも今回は、少し待ってみました。
すると次男は自分で走り方を試し、
「体を前に倒すと速く走れる」
と気づきました。
もちろん、走るフォームは速さと無関係ではないでしょう。
本人がもっと速くなりたいと思い、専門的に取り組むようになれば、指導者から正しい体の使い方を教えてもらうことも大切だと思います。
ただ、小学生のうちから大人が細かく修正し続ける必要はないのではないでしょうか。
走る。
試してみる。
うまくいかなければ変えてみる。
そして、自分で気づく。
私は、そんな経験も大切にしたいと思っています。
これは走ることだけではありません。
勉強でもスポーツでも、親が先回りして正解を教えれば、子どもは早く答えにたどり着けるかもしれません。
でも、自分で考え、試して、修正する経験は、子ども自身にしかできません。
親にできるのは、何でも教えることではなく、
必要なときには支えながら、自分で気づく時間を待つこと。
次男の走り方を見ながら、改めてそう感じました。


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